尼崎文学だらけ
ブース 企画本部
白昼社セレクト
タイトル プエラの肖像
著者 キダサユリ
価格 500円
カテゴリ 掌編
ツイートする
紹介文
 少女性をテーマにした短編集。幻想と寓意を織りまぜながら描いた五編の物語を、自作の挿絵とともに収録しています。A5変形・68ページ

 少女は寂しくありませんでした。スイッチを入れれば、いつでも【彼】に会えるのですから。ヘッドフォンをかぶったら、再生ボタンを押すだけ。
 カチリ。
 すると、ここはもう、少女だけの世界です。カセットテープから流れ出す音楽とともに、アメジスト色のヴェールが降りてきて、四畳半の小さな部屋を包みました。
 朝から降り続いている雨の水も、日常のささやかな憂鬱も、このヴェールの中には侵入することができません。ここは少女だけの世界。少女だけの隠れ家でした。

 少女の部屋には窓がありませんでした。かわりに、四方の壁には雑誌の切り抜きが数枚貼ってありました。それは、すべて同じ人物の写真、少女の愛する【彼】の写真です。
 まだ十代の頃の、輪郭にあどけなさの残る【彼】。サングラスを掛けて、少し澄ました風の【彼】。それぞれ服装や髪型は異なっていますが、特徴的に配置された頬の三つのほくろと切れ長の目が、それらが【彼】であることを示していました。
 【彼】ら全員に目配せをした後、少女は頼りない両手を握りしめ、その時を待ちました。
小気味よいカスタネットの音が、魔法の始まる合図です。たちまち、ヘッドフォンから煙が染み出し、少女の頭上に立ち上りました。【彼】の亡霊です。
「来てくれたのね!」
 少女は歓喜の声を上げ、亡霊に手を伸ばしました。しかし、手応えのない煙の身体はその手をすり抜け、さらに天井高くへと浮かび上がりました。
「愛しているの、あなたを。この世の誰より、愛しているんです」
 うわ言のように呟く少女に、亡霊は静かに微笑みかけました。そして、音楽に合わせて歌い始めました。(「アイドル」より)


「少女」が見せるもの
少女とは、7歳前後から18歳前後の女子を指すという。その10年弱の間にどんなことが起こるのだろうと考えたとき、女性の一生を形作るような転機と呼べるものがこの期間に集中している。それは私たちが意識していようといまいと、誰のもとにも平等にやってくる。少女は、ある意味ではいくつもの通過儀礼の象徴であると考えられる。
本作『プエラの肖像』は、キダサユリさんによる「少女性」をテーマにした短編集だ。わたしがまず心を惹かれたのは、物語を追うごとに、「少女」が変化していくということ。全5話から成る物語のなかで、少女は、幼く庇護から抜け出せない存在、自我を持ち始めた存在、第二次性徴を迎えた存在、受胎する存在、そして愛に目覚める存在と、いわば成長していくのである。
また、キダさんは「ヒトでないものとの交わり」を描くことに長けた作家であり、それは本作でも遺憾なく発揮されている。少女の成長の過程にかかわってくるのは例えば卵であったり、鳩であったり、ウサギであったり、またはミュージシャンへの憧れというかたちないものであったりする。注目してほしいのは、ここに「生身の男性」という存在がないということ。ヒトでないものによって、少女は大人になっていく。
これは何を意味するのだろう。それを考えたとき、わたしのなかに、ある本質的な問いが浮かんだ。
それは、少女を規定するものは何であるのか、あるいは、少女とはそもそも規定され得るものなのだろうか、ということだ。わたしたち女は、もしかするとヒトの力が及ばないところで「少女」であったのではないか。それはある種、現実から離れたところにいる時間、ひょっとすると、絶対的に聖なる存在であった時間。キダさんはそれを示しているのではないか。ここに描かれているのはぎりぎりまで突き詰められた少女性であり、この本によってわたしたちは、否応にも自分がかつて少女であった時間のことを考えずにはいられないのだ。
大人になったわたしたち、少女から抜け出たわたしたちは、今、どこにいるのだろう。
迫ってくるのは、手に入れたものは、成長か、現実か、あるいは、破滅か。
推薦者きりちひろ
推薦ポイント世界観・設定が好き