尼崎文学だらけ
ブース 企画本部
委託販売
タイトル 僕らはいつだって本の虫なのサ6
著者 ひじりあや
価格 500円
カテゴリ 大衆小説
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紹介文
 6人の本の虫たちによる本を題材にしたアンソロジー。
 実際にある本を作中にだすことを条件にしたところ、坂口安吾、カフカ、角野栄子、ヘッセ、ホーソーンと流行に左右されない作家を扱った物語が集まりました。
 6人の本の虫たちが、それぞれの本をどのように物語に絡ませるのかで作者の個性がみえて面白い作品集になっています。
 また、執筆陣のひとりである志保龍彦さんは文学フリマガイドで紹介されたり、第二回創元SF短編賞にて日下三蔵賞を受賞している実力派です。志保龍彦さんの『魔櫻』は坂口安吾の『桜の森の満開の下』を題材にした美しい少女幻想小説となっており、必読の価値ありです。

 午後六時を過ぎても、日射しは相変わらず暖かく学舎を照らしていた。
 市立二之宮高校の校庭を囲むように植えられた桜が、今を盛りにと惜しみなく花を咲かせている。
 その下を歩いていた支倉千尋は、黒のセーラー服にひたりと落ちた花弁を摘み、頭上に目をやった。
 千尋の赤いフレームの眼鏡には、一面の桜色が映っている。花弁はセミロングの髪にもまばらについていた。ひとつそよ風が吹けば、花の雨が降る。豊かな胸の前で結ばれた赤いスカーフ、長目のスカートにスニーカー、学校指定の鞄――何時の間にやら、彼女の全身は花弁で彩られていた。
「桜……桜かァ……」
 くりっとした目で、一枚の花弁と桜の枝を交互に見ながら、千尋は呟いた。
 耳の中では、つい先程受けたお叱りの言葉がまだ反響していた。所属している文芸部の部長から、原稿を催促されたのだ。部員の中でまだ未提出なのは彼女だけである。
 入学式も終わり、新入生は期待と不安に胸を膨らませながら、学生生活を送っている。体育会系・文化系を問わず、各部は部員勧誘に熱を上げていた。どこの部活も、新人が欲しいのだ。
現に今もグラウンドでは野球部やサッカー部が、いつも以上に声を張り上げて練習している。多少なりとも新入生を意識しているのは言うまでもない。
 千尋が手持ち無沙汰に散歩しているのは、ネタを見つける為だった。将来の夢は作家と公言して憚らない彼女だが、始動の遅さは自他共に認めるところである。書き出せばアッと言う間に完成させるのだが、エンジンがかかるまでは一ミリも前に進むことが出来ない。
「流石に落としたら洒落になんないよね……」
 深深と溜息を吐くと、千尋は太い幹に体を預け、制服についた花弁を一枚一枚剥がしていった。剥がしたそばからまた降ってくるのだが、本人はあまり気にしてはいない。心ここにあらずといった様子である。
 文芸部の新入生勧誘は同人誌の特別号と決まっていた。一文字も書いていない原稿は、それに載せる為のものである。もし落とせば信用問題だった。普段、大言壮語しているだけにどれだけ馬鹿にされることか。想像するだに恐ろしい。
 ネタ出しに苦しむ時の千尋の行動は決まっていた。兎に角、動くということである。部屋の中で本やパソコンを前にしていても駄目なのだ。得てして、別のことをしている時の方がアイデアは浮かびやすい。


文芸部の同人誌原稿のため、千尋は校舎裏の桜について調べることにした。『人喰い桜』との謂れのあるその木に、親友二人が翻弄されながらも挑む様を妖艶な描写で綴った「魔櫻」。普通の女性と、テディベアを恋人だと言う美しい少女のやり取りから、孤独と純愛を滲ませる「サンドイッチとテディベア」――。

既存の本を作品内に登場させるという条件で書かれた、六人の作者によるアンソロジーです。書き手によって取り上げる本も、その解釈も、作品ジャンルも異なりますが、しかし、どの作品もどこか物寂しい雰囲気を纏っています。それは、人が小説や映画、詩などの物語に接する時、自分の内側のやわらかい部分に触れてくるような哀愁を求めているからではないか、などと考えてしまうほど、それぞれに美しく繊細に描かれています。と言っても、ひとつひとつの作品カラーは六者六様。飽きることなく最後まで読み進められることは間違いありません。上記以外にも、やわらかな方言が印象的な「魔法が生まれるとき」や、嫌な男の感情の機微を描きつつ、ラストでハッとさせる「ひとり」など、六人の作者が六つのアプローチで「本」に向き合った、ペーソスと時にユーモアの漂う素敵な作品集です。
推薦者zooey
推薦ポイント世界観・設定が好き