【サンプル】
水曜日は激しく雨が降っていた。羽鳥(はとり)は警視庁捜査一課特殊捜査班の会議に出席していた。仲代班長と捜査員四名のいつものメンバーに、司法精神医学研究センターの槇(まき)が加わっただけで、会議室は緊張した雰囲気に包まれる。先輩刑事の藤波がホワイトボードに手際よく被疑者の写真を貼り付けていた。 「〈震える男〉の事件に関係あると考えられる被疑者八名です。二十代から六十代の男性。職業、年齢に共通項はありません。違法薬物を使用していますが、入手場所も不明。全員が逮捕の直前に、〈震えろ!〉と叫んで、奥歯に仕掛けた毒物を用いて自死しています。取り調べもできませんので、追加の情報は得られていません」 スナップ写真は、小綺麗な男もいれば、無精髭が伸びて身なりが悪い者もいる。印象としてはかれらの属性はバラバラに見えた。藤波は、その中でスーツを着た垂れ目の気弱そうな男の写真を指差す。 「古屋、三十六歳。鞠小路女子高等学校の英語教師です。先日のハナマチ薬局立てこもり事件を引き起こしたのがこの男で、現在、交友関係を洗い出しています」 仲代は「一連の事件は偶発的に重なっているという可能性はないか?」と尋ねる。藤波は肩をすくめて言った。
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