出店者名 GARBS. from 友引撲滅委員会
タイトル とりかご(再版)
著者 神坂コギト
価格 400円
ジャンル 掌編
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紹介文
独居老人と、それを取り巻く人々のオムニバス。
12編の掌編から成る掌編集です。
コンビニ店員、小学生、そしてその家族たち……。
「かご」に捕らわれた老人の、寂しくも暖かい物語。

一:女子大生の話

 朝八時、私は家を出る。この時間に出て、大学の購買でパンと紅茶を買って朝ごはんを食べるのだ。涼しい風がここちよい。誰もいない構内は絶好の散歩場所だ。
 私は駐輪場まで降りた。自転車は壊れかけ。前かごは、とっかえ、ひっかえ、鍵も何回もなくした。タイヤは常にへこたれている。この数年、大学までの道のりを、遊びにいく時の夜の道を、こいつは走ってきた。いつも野晒で、あちこちが錆びている。
 この時期は、道端に植わっている植物が青々としていて綺麗だ。家の周りには小さいながら畑もあり、季節によって顔ぶれを変えた。
「っと、」
学校へ行く途中、一軒の家がある。真新しい、一軒家。広い庭があって、小さい畑がある。
 ついこの間まで、洗濯ものがたくさん干されていた。小さい子供もいたし、綺麗な奥さんと、真面目そうな旦那さんが住んでいた。その家の軒下に、老人が一人座っている。
タバコを吸っていた、ぼんやりと。視点は合っていなかった。どこかは見ていたのだろうけど、私にはそれを確認することはできなかった。
 今日だけか、と思った。ご家族が旅行に行っているに違いない。
 しかし、その次の日も、その次の日も、老人は軒下でタバコを吸っていた。時刻は朝八時。

 ふと目に入った洗濯ものがいつも変っていないのと、そのぽっかりと物がなくなった部屋に、私は気づいてしまった。
 気付かないほうがよかった。彼の家族がどこかへいってしまったことに。

 誰もいなくなった家に、あの老人は一人で住んでいるのだろう。やることもなすこともなく、軒下でタバコを吸っているのだろう。雨の日は部屋で寝ているのだろう。夜の一時だけ明りが点く台所。土砂降りでも干しっぱなしの洗濯もの。すこしばかりの家庭菜園。不似合いなトラクター。
 彼が見ているのは、どこかにいってしまった家族の想い出なのだろうか。
 彼は笑顔で、去っていく家族を見送ったのだろうか。
(とりかご)
 あそこは彼のかごなのかもしれない。彼は出る方法をしっている。でも、出られない。
(かご、)
 任されたのだ。彼は。あの”かご”の番を。

 時刻は朝八時。私は家を出る。
 彼は、軒下でタバコを吸っている。

 とおくで、鶏が鳴いていた。