出店者名 午前三時の音楽
タイトル ピアニストの恋ごころ
著者 高梨 來
価格 600円
ジャンル 恋愛
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紹介文
創作男女│文庫│ 178頁 │600円 │ 16/06/12

ピアニストの彼と、まだ何者にもなれない私。

25歳ピアニスト×17歳女子高生。 予め住む世界の違う二人が緩やかに奏でる、ゆるやかでかけがえのない日々。
WEB再録+書き下ろしの連作短編。2014年に発行した初版に加筆修正と書き下ろしを加えてリニューアルした第二版です。
お互いさん付けで呼び合う恋人たちの淡い恋模様と学校生活、女の子の友情。 スピンオフは主人公の親友と彼女の恋人の話。

カクヨムにて概ね読めます。(冊子版には書き下ろし有)→https://kakuyomu.jp/works/1177354054883204838

「あのさ、桐緒さん。名前、呼んでくれない?」
「……荘平さん」
「いやほら、そうじゃなくて」
 ぽんぽん、と促すように数度、頭を撫でられる。
「……ソウヘイ」
 カタコトの呪文みたいにぽつりとそう呟いて、微かに熱くなった耳をぴったりとシャツ越しに胸のあたりにくっつける。微かに聞こえる心臓の脈打つ鼓動の早さが伝わる。こうしているから? 名前を呼んだから? 自分と同じくらいかは分からないけれど、確かに彼もこの胸の高鳴りを感じてくれている。そのことが無性に嬉しくて、それでいてなぜだか少し苦しい。
「桐緒――」
 答えながら、どこか遠慮がちに思えた背中に回された腕の力が僅かに強まる。
「大好きだよ。桐緒が居ないと生きていけないなんて言ったら困るだろうけど、困らせたいくらいには好きだよ」
「荘平さん……」
 胸の中で聞く少しくぐもったその声には僅かに切実な色が滲むかのようで、途端に胸の奥がさぁっと音も立てずに泡立つ。
必要としてくれている、求めてくれている。そのことがこんなにも嬉しくて、それでいてほんの少しだけ怖い。こんな風に想ってもらえたら、際限なく求めてしまいそうになる。
「あのね、荘平さ」
 ゆっくりと顔をあげながら答えれば、制するようにそっと、唇に指先を押し当てられる。
「だーめー」
「なに……?」
 要領を得ないままで居れば、わしわし、と犬か何かを撫でるみたいな無骨な手つきで髪を撫でながら告げられるのはこんな一言だ。
「桐緒って呼んだでしょ、いま。俺が呼び捨てにした時はお互い呼び捨てのルールでお願いします」
 ペナルティがあるかもしれないよ? どうしますか? おどけた態度でそう答えながらも、瞳の奥には隠しきれない熱の余韻が残る。時折見せてくれる、このくすぶったような熱くて甘いこの色が好きだった。ずっと閉じこめて、鍵をかけた自分だけの宝箱にしまっておきたいくらいに。
「荘平……」
 ちゃんと漢字の響きで言う。いつもの発音から「さん」を抜いて。ただそれだけなのに、いやに緊張している自分をおかしく思いながら。
 そのまま首筋にそっと手をかけて、引き寄せるようにしながら乞われた通りに自分からキスをする。いつもそうするように頑なに口を閉じられてしまうから、唇のほんの先で淡く触れるだけだけれど。


優しい年上の彼と清楚な彼女にこちらが胸キュン
一番にですねー、推したいのはー、25歳男性ピアニスト・壮平さんの腰の低さというか、年上だからといって強制しない、桐緒さんを「可愛い年下の女の子」として過剰(ここポイント)に扱わないザ・紳士!(※桐緒さんの前では)の所です!! 二人を眺めているのが読者としては本当に幸せになれます……。
そして桐緒さんの高校生活の描写も丁寧で、リアリティがありました。だからこそ、彼ら彼女らへ親近感が湧くのかもしれません。
本文はネットで公開もされていますが、表紙などの装丁も美しいのでそこも必見です。
推薦者服部匠

滅多に口に出来ないお菓子を丁寧に食べるように、少しづつ読みたい本。
 高校生の桐緒が付き合っている人は、うんと年上のジャズピアニストだ。
 敬語で話す桐緒に、荘平さんはコーヒーを飲みながら色んな話をしてくれる。笑う時は顔をくしゃくしゃにして笑う少年のような人。
 ある時はバーバパパの絵本について語り、ある時はバレンタインのチョコを一緒に選び、ある時は呼び捨てにし合ったり、ある時は百年後の自分たちの未来について語ったり。
 そういうふたりで過ごす大事な時間──親友のマキちゃんに言わせると「ノロケ」以外の何者でもない──を切り取り、数編のお話が成り立っている。
 機知に富んだ会話に「武勇伝のような夏の思い出話をする」同級生など現実を感じさせる描写の細かさが特徴的で、読者を女性向けのファッション誌をのぞいたような、おしゃれで夢見心地な気分にさせてくれる。

 ところで、二十五の男性と付き合っている女子高生と聞くと、ぞろっとしたつけまつげに短いスカートを穿いているイメージがわくが、「ピアニストの恋ごころ」の桐緒はまったく違う。
むしろクラスの女の子たちが年上の彼氏のことを「得意げにブランドもののアクセサリーを見せびらかすみたいに自慢」する中、居心地悪そうにしている、おとなしくて清楚な子だ。
 壮平さんは桐緒のことがどうしようもなく可愛いと思っているし、桐緒は桐緒で、きちんとした身なりのこぎれいな壮平さんを、クラスの誰にも見せたくないほど夢中になっている。
 いつも家に来てくれて悪いから、と彼氏である壮平がSuicaをチャージしてくれる話があるように、たぶん学校帰りに彼氏の家に寄っているのだろうと想像されるが、二人はいたって清い交際で、ミントタブレット味の淡いキス止まりだ。
 周りを固めるキャラクターも生き生きしている。教師と付き合っているという噂がある木崎さん、そんな彼女が調子の悪いときに男子に威勢のいい啖呵を切って黙らせた、桐緒の親友のマキちゃんなど。
 マキちゃん視点は、やや辛口だけど、恋していない人からみた「壮平さん」の姿がわかりやすくていい。

 2014年度発行の本に、二編の書き下ろしを加えたリニューアル版。



推薦者きよにゃ