二人だけの食卓は、お互いの咀嚼の音が聞こえるほど静かだった。ぱりぽりと漬物を噛む音が妙に響いていた。不意にアカリの声が聞こえてきた。顔を上げ正面のアカリを見た。 「……家を出るわ」 無表情にアカリが口を動かすのが見えた。それは、おはよう、おやすみなさい、といった習慣的な挨拶のように極めて自然にアカリの口から流れ出た。(清水園「嘔吐」より)
家の光――付録と書かれた家計簿のような雑記帳を開いた。繰っていくと覚書のように順不同で様々なことが書きなぐられている。――さんに線香代千円。検査入院と書かれた日付の下には、タオル、下着、ビニール袋、薬と書きつけられている。血圧高い。桜満開。隣うるさい。一言日記みたいな日もある。ぱらぱらと繰っていって手が止まった。 ――長生きしてすまない。 施設に入れられたと悪態をついていた婆ちゃんの拗ねた顔が浮かんだ。(濱本愛美「金魚島」より)
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