春はすぐそこに
「ねえ、寒いなって思ったら氷だよ。暦ならもう春なのにね」 指し示した先にあるのは、水溜りに薄く張った氷だ。 「こうゆうの見るとさぁ」 答えながら、スニーカーの爪先はちょんちょんと氷の上を慎重に突く。 「こうしたよね」 「おまえらしいな」 「どういう意味?」 曖昧に笑いながら、するりと流れ出して行く水を息を飲むようにしながら眺める。 「昔さ、先生が言ってたんだよね」 瞳を細めながら、傍の相手は答える。 「雪や氷が溶けることで、またひとつ春が近づきます、って」 得意げな笑い顔と共に告げられる言葉はこうだ。 「早く春になるおまじない、ね」 やわらかなぬくもりが、胸の奥を淡く溶かしていく。
薄氷を踏みしだかれて春溶ける
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