「……おまえさ、ちゃんと上着て寝ろよ。腹壊すぞ」 「寝る前は着てた」 「じゃあなんでいまは着てないんだ」 暑くて脱いだのだろうか。考えながら調理台に戻るとパンケーキはきつね色に焼き上がって、甘いにおいをたちのぼらせている。フライパンを取り上げて皿に盛りつける。 「……たぶん、あげた」 「はあ?」 せっかくの昼食を皿に移し損ねるところだった。開人は固まるいとこにじれったそうな顔を見せると、立ち上がって皿を取りに来る。ナイフとフォークも引っさらい、席に戻りながら言う。 「寝てたら、なんか、ひとが来て。寒いって言うから、あげた……気がする」 「この真夏日に寒いって? だれが?」 眉間にしわを寄せる諌をよそに、開人は嬉々としてパンケーキにはちみつと出来合いの生クリームをかけている。それも大量にだ。見ているだけで胸やけがする。 (夢……であってほしい) あげたというのは夢で、実際は寝苦しさに脱ぎ捨てただけであってほしい。げんなりと、諌は思う。けれど願いもむなしく縁側にはそれらしき衣服が落ちていなかったのも、諌は知っている。 開人はときどき、こんなふうに妙なことを口走る子どもだった。諌には見えないものを見て、聞こえない音を聞き、嗅ぎ取れないにおいを嗅ぐ。そんなとき、かたわらには人ならざるものの存在がある。 たぶん美しいからだ、と諌は思っている。中身はともかく、開人は浮き世離れしたところのある美貌を持っている。まなざしはどこか遠いところを見ているようで、とりまく空気は色が違う。きっとその性質は庇護と嗜虐の両方を引き寄せる。――人の世でも、人ならざるものの世でも。 諌はごく平凡な高校生で、ファンタジーを盲目に信じるほど子どもではない。けれど開人との幼いころからのつきあいで、彼の口走るような事象がまったくないと言い切れないこともわかっていた。 「とりあえず縁側で寝るのをやめろ。あと知らんやつに言われてほいほい服を脱ぐな」 「んん……」 聞こえるのは生返事ばかりだ。顔を上げると、皿を空にしてなお、名残惜しげに皿に残ったはちみつを舐めとる開人の姿がある。無言で皿を取り上げると、口のまわりをびたびたにした顔でうらめしげに睨まれた。 「野菜を食え」
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