出店者名 ヨモツヘグイニナ
タイトル はだしの竜騎士
著者 孤伏澤つたゐ
価格 400円
ジャンル JUNE
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紹介文
はらからの鳴き声と、それを真似た笛のほか、竜の聴覚は静寂だ。
いつも耳のおくできしんでいた静寂が、こすれあうのをやめていた。
――それでもかれは、目を伏せてとこしなえにつづく闇のなか、木の葉の歌に耽溺することは、できない。


眠らぬ竜とあわく時間を交錯させるものたちの幻想小説。
同世界観連作短編4篇収録。

ちいさな本ですが、
これがヨモツヘグイニナの「JUNE(異性愛でないもの)」です。

 青銀の月光は、星の赤色も黄色も白色にくすませて、夜天はまぶしいばかりに照らされていた。――静謐なひかりは、地面にも静謐な恩恵をたれ、かぎりなく漆黒にちかい濃紺で影絵をえがきだす。その繊細な線を、完成された美の一種として無粋に称賛するだろう人間たちはいまはねむっているだろう――この静寂を乱すものがあるとすれば、それは竜と呼ばれるけものだけだ。
 そして、やはりここにも、夜のひかりを透過させるつばさと、夜風にゆれるながくしなやかな尾をさざなみのようにうねらせる影がある。
 翡翠色の竜だった。うつろな双眸で夜をみわたして、おおきくひろげたつばさで上空の涼風をとらえてあそんでいる。
 月のひかりがみちみちて、どこまでもとおくにまなざしのとどく、いい夜だ。
 世界の面積からすればちいさな、四方を山脈にかこわれたくにから飛びくるそのけものは、ふと、くびをかしげた。
 はじめ、なにかがくすぶっているようにうつった。月のひかりのもとではそれは、しろくたよりなく、おぼろで――これが昼間であればもっと別の色にみえたのかもしれないけれど。
 好奇心のおもむくままに高度を落とし、白くかたまるもやに近づいた。あまいにおいが鼻腔にながれこんでくる。――ためらいであっただろうか、空中でとどまろうと羽ばたいてしまったのは。
 胴体のわりに華奢なつばさが起こした風は白色のもやをみだした。月影には、やはり白色がかってしかみえぬ綿のような花と、それよりは濃いいろの幅広の葉をつけたひとつの立ち木があらわになった。
 人間たちはそれを大樹という。丘にひとつあるその木を。けれどかれにとっては、頭頂から尾先をまきつければ抱えきれてしまえる程度のものだった。
 つばさをひろげていても、重量のあるからだは地面に引き寄せられる。もういちどつばさをはためかせると、花がほころんでいるほそい枝が、ささやかにしなり、樹木をおおうかすみだけでなく、薄緑の花がほろほろと散った。
 かれにまぶたがあればまばたきをしただろう。そして情報をいちど遮断したのちもふたたび、かわらぬ光景があることで夢うつつの判別をつけられたはずだ。だが、かなしいことにかれにはまぶたがなく、ねむらぬゆえに夢すらない。うつつである、という認識すら、ありはしなかった。――ゆるくひらいていた顎をとじて、身をひるがえす。
 あの白色のかすみを、おぼろな花を、目にしてしまったあとでは、月のひかりはかそけきものだった。そのはるか下方では、風をうしなった風媒花の花粉が白く樹木をつつみはじめている。


「ものがたり」という毒をあおる悦び
日本で「ファンタジー」という外来語と、「幻想」という漢語の意味がいつ頃分かれたのか、私には見当もつきません。
もしかしたら最初から分かれていたのかもしれないし、分かれていると思っているのは私だけかもしれません。
ただ作品紹介にあるように、つたゐさんのご本にはなるほど「ファンタジー」よりも「幻想」という言葉がしっくりきます。
しっとりと確かな質量をもちつつも、わずかな毒をはらんだ水のように読者の心に浸潤する、ここではないどこかの物語。
ちょうど「竜の王」では、書物のことを「万人にむけての精神に作用する毒」といっていますが、つたゐさんのご本にはまさにそういった趣があります。

特に「はだしの竜騎士」で顕著ですが、収録されている四編はいずれも竜となにかの「交錯」を見つめる物語です。
つたゐさんご自身があとがきで書かれているように、「せりふや心理描写がすくなく、情景描写をつらねてものがたりを構築してゆく構造」によって、読者は「分かる」と「分からない」のはざまの、絶妙な距離に立たされます。
断じてお話の意味が取りにくいとか、言葉がむずかしいという意味ではありません。物語や語彙は、むしろ簡明です。
もう少し噛み砕いて言えば、「『分からない』ということを自然と分からされる」ような感じ、とでもいいましょうか。
竜という気高い種族の営みを、人間の視線から解釈を加えることができるような気になりはするのですが、同時にそれがいかに愚かしいかを思い知らされるのです。
「どうしても分かることができないものがある」とおのずから知る感覚は、さびしくも喜ばしく、実に得がたい体験でした。
それこそが、私が感じた「毒」の正体なのかもしれません。
しかしながら、この毒はたいへんよい毒です。
「竜の王」に登場する人間の王は毒を摂取して徐々に弱っていきますが、つたゐさんの文章を読んでいる間の悦楽と、読んだ後の新しい感覚は、読む人の日常を豊かにしてくれるでしょう。
よい毒ならば薬では? いえ、それでも毒と呼びたいのは、なんとも官能的な、見てはいけないものを垣間見ているような気がするからです。
(語彙力を放逐した言い方をすれば、「えろい」になるでしょうか。……ミもフタもありませんね!)
推薦者泡野瑤子

感情を廃したその奥の感情
おなじ景色をみせつづけるな。

竜と人との契約の、この文言の力に圧倒され、この文言の書かれている作品序盤で、私はもうすっかり物語の虜になった。
感情に関する単語がほとんど使われない文章で紡がれていく物語であるのに、そこには確かに感情が迸っていて、物語の展開にどきどきするのと同時にこの表現の上手さにも興奮させられます。

この一冊は四編の短編でつくられていますが、私はその中の「熱砂に伏して」が一番好きです。
若き竜と、飛行機の物語。
ここには、直接的な愛の言葉も愛の理由も書かれてはいないのに、とてつもなく深い深い「執着」が描かれています。
誰に理解されることも求めない姿勢が砂漠の砂のように熱く気高く吹き荒れていて、私にはこれこそが「愛の理想」に思えました。

何度も読み返したい、お気に入りの一冊です。
推薦者紺堂カヤ

もう竜ではないのではないか
静謐で美しい。竜は孤高のはずなのにもはや地に落ちて泥にまみれている。
強く空気をはらむ翼もかちりと輝く鱗も健在なのにもうこれは竜ではないのではないかと思う。
(主に「落葉」への感想です)
推薦者まるた曜子

愛して、死にゆく竜たちの
竜を使役する小国。いにしえの、竜と人との約定により、昼は人のために働き、夜は世界中を自在に飛びまわる誇り高き竜たち。
「誰か(何か)」を愛し、愛に命をささげる彼らのひたむきな生を描く物語です。
人ならざるものに深く心を寄せる筆者が情愛を込めて緻密に描く、竜の生態やその世界の説得力が凄い。

表題作「はだしの竜騎士」は、妖艶な竜騎士ウリディラと一頭の竜とのひそやかな夜の営みを覗き見る、非常に官能的な物語。
竜なのに、描かれているのは竜なのに、なぜ読んでいてこんなにもドキドキしてしまうのだろう……!

二作目の「落葉」で描かれるのは、さびしくそびえ立つ一本の大樹と、おぼろな花をつけるその木に出会ってしまった竜との、静謐な愛。
どれほど遠く隔たっても、最期の瞬間を共にすることによって、魅かれ合うふたつの魂が結ばれ、愛を成就させていく様は荘厳であり、言葉もないほど美しいのです。(私はこの話が一番好きです!)

その他、こわれた飛行機を傷ついた同胞と信じて守り続ける若い竜の献身を描く「熱砂に伏して」、そもそもの始まりとなった、大いなる竜とはかない少年王の絆のお話「竜の王」、計四編を収録した短編集。

いずれの物語も、愛して死にゆく竜たちの、その尊さに心を奪われ、彼らをいとしく思わずにはいられません。
推薦者並木陽