「心の鬼は月に偽装している!」 「はいっ」 鬼子の目が真っ赤に燃え上がる。薙刀を編み出し、空高くへと跳躍した。 月に模した鬼が、危機を察知したのか、偽装を解き、姿を現した。 嘘月鬼(うそつき)。薄黄の岩石質の球体に二本の角が生えており、目と口を思わせる三ヶ所の窪みがある鬼だ。 心の鬼は鬼子の突きをかわすも、石突で叩き落とされる。そのまま鬼子も着地した。心の鬼が隠していた太陽が姿を見せる。 黒、黒、黒。土も家も人も。黒、黒、黒。
(中略)
鬼子と心の鬼の戦いは一方的だった。擬態という特性を見る限り、戦いを好まない鬼なのかもしれない。 薙刀の切っ先が嘘月鬼の背を掠る。奴の動きを崩すにはそれで十分すぎた。 「萌え散れ!」 心の鬼に斜めの直線が引かれると、岩石のそれは紅葉を舞い上げ、ずるりと巨体を滑らせた。裂けた嘘月鬼は委縮し、最終的には消え失せた。 一件落着、といったところか。 多分、勧善懲悪の物語だったら、ここで話は爽快に幕を閉じるのだろう。
「おお、お、鬼だ! 鬼だあ!」 俺たちを案内してくれていた村人が奇声を上げ、鬼子を指差した。明らかに恐怖の対象として捉えられていた。 「何言って……あなた、私たちを歓迎するって、言ってましたよね?」 鬼子の瞳に戸惑いの念が窺える。 「嘘だよ! そんなもの、嘘に決まってるではないか!」 村人は目を大きく見開き、口をだらしなく開け、今にも気を失いそうだった。鬼祓いの姿のままでいる鬼子に気付いた他の村人も悲鳴を上げ、家の中に入ろうとする。しかしその家の中は穢れに満ちていて、混乱を生み出した。 「不作でもう生きてゆけぬ現実を見たくなくて、我が身に嘘を吐いた。他人に嘘を吐いた。やがて嘘に嘘を重ね、止むことを知らず……だからといって、村のみんなを巻き込む道理がどこにある? 鬼め、苦しむのはおれだけでよかろうに! 返せ! おれらの村を、返せ!」 心の鬼は人間の負の感情に芽吹く。先の見えない不安や絶望が「嘘」の鬼に成ることだってある。
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