♪ びん びん ビンのフタ開けば ジャジャーン ジャムが目を覚ます ぱんぱか パンが上手に焼けたら 明日はとうさん 帰るかな
調子はずれの鼻歌を歌いながら、ヨンコは朝ごはんの支度をしていた。おんぼろのトースターから食パンを取り出し、たっぷりジャムを塗りつける。今日のジャムはブルーべリー。ティースプーンのふくらみで押しつぶされた濃紺は、パンの表面に小さな宇宙空間を描いた。ヨンコが右手を動かすたびに、サクサクと小気味のいい音を立て、砂糖漬けの闇が広がっていく。 ヨンコはまだ幼いが、だれよりも上手にジャムを塗ることができた。とうさんが長い旅に出て以来、数えきれないほどたくさんの朝をひとりぼっちで迎えてきたからだ。いわば留守番のプロフェッショナルである。
ぴーんぽーん。
ふいに玄関チャイムの音が響いて、ヨンコははっと顔をあげた。だれかがやって来るなんて、この家ではめったに起こらない出来事だ。 (いったいだれ?) もしかして、とうさん? イスを蹴って、ヨンコは台所を飛びだした。廊下には大小さまざまなジャムがところせましと積み上げられていた。イチゴにリンゴ、アンズにプラム。すべてジャム職人だったとうさんの手作りだ。ビンの山を崩さないよう注意深く避けながら、ヨンコは玄関へと急いだ。ドキドキ高鳴る小さな心臓。背伸びしてドアロックを外し、玄関扉を開け放つ。喉もとまで出かかった「おかえりなさい」の言葉――。 だがそこには、朝の光に包まれて、タコみたいな姿のお兄さんが立っていた。
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