出店者名 銅のケトル社
タイトル ノーサンブリア物語 上
著者 並木 陽
価格 600円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
「北海からの風が来る――」
群雄割拠のアングロ・サクソン七王国
亡国の王女は野心のままに生きる

七世紀ブリタニア。アングロ・サクソン七王国が覇を競った時代。
北海の冷たい風に鍛えられた強靭なバーニシア王アゼルヴリスは、
爛熟した文化を誇る隣国デイアラを急襲した。

祖国を失ったデイアラ王家の姉弟、アクハとエドウィン。
弟は再興の誓いを胸に諸国をさすらい、
姉は侵略者たる王と手を携え全ブリタニアの制覇に乗り出す。

覇王(ブレトワルダ)の称号を手にするのは果たして誰か?
戦国の世を生きる二人の男と一人の女の物語。

【装画:ykyn】

「そなたらにとって、ローマの遺産の豊かさに頼り切り、安寧のうちに戦士の心を失ったデイアラの腑抜けどもなど、恐れるに足りようか!」
 軍勢は一斉に、槍で盾を打ち鳴らした。同意を示す時のアングロ・サクソンの作法だ。
 バーニシアの王、金髪のアゼルヴリスは満足げに笑んだ。彼が片手を高く上げると、王の言葉を待って自然と音が止む。
「仲間たちよ、ひるむことはない。絹と宝石に身を飾って喜んでいるような男たちなど、一人残らずひねりつぶせ。さすれば」
 王はにやりと下卑た笑いを浮かべた。
「絹と宝石に身を飾ったデイアラの女たちが、むしゃぶりつきたくなるような身体と柔らかい寝台を空けてそなたらを待つであろう」
 一同の中にどっと笑いが広がった。指を口に咥え甲高い口笛の音を響かせる者もいる。
「では、行こうか。前進!」 
(「第一章 バーニシアから来た王」より)

「覇王(ブレトワルダ)の妃の地位を欲するか! ノーサンブリアなど狭いと。ブリタニア全土の女王になりたいというのだな」
 興を覚えた様子で、アゼルヴリスは玉座から身を乗り出す。アクハは王の前に畏(かしこ)まったまま言った。
「ブリタニアの覇権を求められる、強い王よ。わたくしの望みは、持てる限りのすべてを賭けて、御身をお助け申し上げること。何卒わたくしをお役立てくださりませ。エオフォルヴィクが、御身の新たな覇業のためのよき礎(いしずえ)とならんことを」
 金髪のアゼルヴリスは笑いを抑えて、青灰色の目を細めた。大きく頷いてみせる。
「気に入ったぞ、デイアラのアクハ。そなたの野心は、その身体に流れる血ごと、このアゼルヴリスがもらい受ける」
(「第二章 デイアラの姉弟」より)

「海の向こうの、さらに海を越えた……」
 地面にへたりこんだまま、エドウィンは途方もないことを聞いたように呆然と繰り返した。深々とため息をついて言う。
「世界はそんなにも広大なのか。それなのに、我々はこの小さなブリタニアの中で国を奪い合い、血を流し合っているというのか……」
(中略)
 ばかばかしい、とヘレリックは切りそろえられた亜麻色の髪を揺らしてかぶりを振った。
「海の向こうなどに思いを馳せて何になる? このブリタニアこそが我らの生きる地。アゼルヴリスを倒し、祖国デイアラを取り戻すことこそが、我らの生きる道であるはずだ」
(「第三章 エルメットの楽人」より)


歴史が苦手でも大丈夫
 七世紀のブリタニア、簡単に言ってしまえばイギリスの戦国時代を描いた物語。沢山の王国と王族が登場するが、本の最初のページに登場人物の表とブリタニアの地図があるので、そこを時々確認しながら読めば全く混乱しない。
 歴史と地理が苦手な私のような人間にとってはありがたい気遣い。
「この人誰? ここどこ?」
 なんて疑問に煩わされることなく、最後まで純粋に物語を楽しむことが出来た。

 いやはや、戦国時代というのは大変なものですね。夫の敵が実の弟だったり甥だったり、気の休まる時がない。野心に燃える者たちは策を巡らせ勇ましく戦い、血を流して死んでゆく。
 そんな中、詩と音楽を愛し、平和を望むデイアラ王国の王子エドウィンと楽人レゲンヘレの会話にはホッとさせられる。

「貴方のような方がこれ以上、人と人、国と国とのくだらぬ争いに傷ついて生きる必要などないんだ」

 勝つことこそが善の世界に、全く別の価値観が示されることで、戦による死や痛みが相対化される。ただただ勝ち進んで気持ち良い・負けて悔しいというだけの話になっていない。そこが物語に深みを与えているし、歴史好きという訳ではない私にとっても馴染みやすいものになっている。

 心優しいエドウィンとレゲンヘレに共感していたからこそ、彼らが辿る運命には「あああ!」と叫ばずにはいられなかった。王女アクハの賢い侍女たち(シネヴィスとヒュイド)も好き。主役脇役に関係なく、全ての登場人物が細やかに愛されて描かれているのを感じる。
 この「ノーサンブリア物語」は並木さんが高校時代から温めていたお話だそうで、彼女もまた本懐を遂げたのだと、あとがきを読んで胸が熱くなった。

※上巻・下巻両方読んでから書いた文章です。
推薦者柳屋文芸堂