出店者名 素敵な地獄
タイトル Dear friend of Dawn
著者 相楽愛花
価格 500円
ジャンル 大衆小説
ツイートする
紹介文
幼い頃から、悪夢を見るの。
それは酷い、酷い悪夢で――

今日も透子は壊される。
冷たい同居人と、幼い悪夢の話。

.

.

.

2016年9月に出した『cuddle』と同じ世界観でのお話ですが、単品でもお楽しみ頂けます。

     1(0)

「音楽が、聞こえるでしょう」
 明けていく空を見ていると、後ろから声をかけられた。
 身体が震える。
 振り向いて姿を確認した瞬間、考えていた言葉はどこかへと消えてしまった。青白い顔をした彼女は、にこりともせずに透子に近付く。すぐ隣にしゃがみ込んで、その冷たい手を透子の手の上に重ねた。
「きっと、鳴り止むことはないわ」
 その手も、その声も、透子にとっては救いだった。
「もう大丈夫。全部、全部ね」
 いつか見た彼女の横顔を思い出して、堪え切れずに勢いよく抱きついた。
 華奢な身体に触れて、お腹の底から溢れ出る色々な何かが、何にもならないまま全身を駆け巡っていく。彼女が身を捩らずに自分を受け入れてくれているということが、どうしようもなく嬉しくて仕方がなかった。
 だからそれは、まるで、夢のようで。
 背中に回されたぎこちない腕の感触に、泣かないつもりを壊された。

     2

 午前三時。
 カーテンの先の街は暗い。局から寮に帰ってきたのは一時間ほど前のこと。早朝に仕事があるわけでもなく、普段ならもうベッドに入っている時間だ。
 それなのに、透子は眠れないでいた。
 キッチンに立って、卵を割って、ボウルに落とし、溶きほぐす。彼女にとってそれは気休めのための儀式だった。
 エイビス中央管理局に入局してから八か月。
 放送課一番人気の発声者、城崎透子は研修を終え、最終面談を終え、正規職員になった。
 とは言っても、それによって大きく生活に変化があったというと、そうでもない。
 二か月前に学院を卒業した時も。九か月前にバレーボール部を引退した時も、その一か月後に管理局に入局した時も。確かな節目ではあったけれど、ただそれだけだ。
 透子の生活の色ががらりと変わったのは、七か月前のこと。
 黒部水曜日と職員寮での同居生活が始まってからだ。
 あまり趣味の良い噂を聞かない水曜日との同居に、初めの頃は緊張で胃痛をしょっちゅう起こしていた。実際、彼女は酷く無口で悪趣味な人間らしかった。しかし同居人の透子には気を遣っているのか実害もなく、今では彼女の存在にももう随分と慣れ、細やかで他愛ない関わりが日々の楽しみにもなっている。
 溶いた卵に砂糖を加え、泡立てずに優しく混ぜる。混ざったら、ココナッツミルクを入れる。また混ぜる。優しい白色の液体が、ボウルの中でゆらりと揺れた。