「ナミアはついてくるなよ。オレはバッキオのところに行くから」 一歩ナミアが足を踏み出すと、ケーヒスは不機嫌そうに振り向いた。道の真ん中で硬直した彼女は、眼を見開き彼の顔を見つめる。見慣れた栗色の瞳は細められ、口元は微妙に引き攣っていた。普段とは違う。何より彼の『気』から苛立ちが読み取れる。こんなことは今までなかった。 「ケー……ヒス君」 「だからついてくるなって。お前はリンたちと一緒に遊べよ。じゃあな」 立ち尽くしているナミアを置いて、ケーヒスは走り出した。彼女はほとんど無意識に伸ばしていた手の先を、おもむろに見やる。その間にも、彼の背中はどんどん遠ざかっていく。振り返ることもない。胸の奥がずきんと痛んで、彼女は顔を歪めた。 「ケーヒス君」 手を下ろしたナミアは唇を噛んだ。優しいケーヒスのあんな顔を初めて見た。あんな気を初めて感じた。彼はいつも彼女が困っていたら助けてくれた。泣いていたら励ましてくれた。寂しがっていたら相手をしてくれた。両親が亡くなってからは特に、一番心強い味方だった。 何か怒らせることを言ってしまっただろうかと、彼女は首を捻る。しかし心当たりはない。小道を歩いている途中、家から出てきた彼の姿を見かけて声を掛けただけだ。昨日までと何も変わらない。家で何かあって機嫌が悪かったのだろうか? 両親と喧嘩でもしたのだろうか? 突然のことにわけがわからなくて、彼女は俯いた。何だか泣きたくなってくる。理由を探せば探すだけ、思考は悪い方へと流されていく。もしかしてずっと迷惑していたのだろうか? ついつい甘えていたのが悪かったのか? 今まで我慢していたのがここにきて爆発したのか? 舗装されていないでこぼこ道がますます歪んで見えてきた。これだから駄目なのかと思うと、喉の奥が震える。 「……何か、あったの?」 かろうじて絞り出した声の弱々しさに、ナミアは歯噛みした。「気にしない」と自分に言い聞かせるための言葉さえ、うまく出てこない。いつもケーヒスがそうやって励ましてくれたと、思い出すだけで苦しくなる。遠ざかっていく彼の背中がまざまざと蘇った。また背が伸びただろうか? 細長い手足を力一杯振って駆けていく姿は、追いすがることを拒絶していた。 「どうしよう」 少しでも狼狽えると頭が回らなくなる。昔よりも少しはしっかりしてきたと思っていたが、勘違いだったらしい。
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