ゆるりと、何かが食い込むような感じがして、薄れゆく意識の中で、ああ、もうだめなんだなと思った。 小さな魚だった。名前は知らないけど。 小さな魚ゆえに、食べられるのは必然。そうでなくてはほかの生物は生きていけないんだ。 それが、生きるということは、生まれた時から知っていた。本能的に組み込まれていたのかもしれない。
冒頭文P.3
自身の怪しい思惑は表に出さないよう勤め、仮面として貼り付けた。いわゆる『優しさ』と呼べる微笑を彼女に向けてみた。 すると、どうだろう。 「ありがとう」なんて言って笑ってくれたではないか。 彼女にとっては見ず知らずの自分に向かって。 どれほど嬉しいことか、きっと彼女は知らないのだろう。 ──知らないままでいて。 それは、祈りにも近い、最後の砦のようなものだった。
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