10歳の春、まだ雪が残る森で餓死しかけた狼の仔を見つけた。 「呼んだのはお前?」 ほとんど死んでた。小さな身体は腹をベコリとへこませ呼吸は薄く目も開かない。それでも私に気づいて未知への威嚇と好奇心、そして食べ物をもとめてきた。『声』だけだ。身体はピクリとも動かない。 「それでも数日叫んでたもんね。呼ばれてつらかったよ、先生のお叱りも覚悟のうえだ」 諦めて、ここにきた。だから助ける。死ぬかもしれない生き物だ、私の匂いがついてもいいだろう。黒い毛からピンクの肌が透けて見える小さな塊を胸に抱き上げ急いで家に帰った。先生はもう待ち構えていて、黙って胸の毛玉を覗き込んだ。 「狼? このあたりでは珍しいのに。手当ての方法は教えたわね。自分でやりなさい。欲しい物はモルテンに言って」 ここまで死にかけだと以前の熊の仔のように本人の生命力を再分配することはできない、私のを分けるしかない。まずは体温と水分補給だ。自分のベッドから毛布を剥がして暖炉の前に陣取る。服のボタンを外し直接抱き直すと毛布を被って抱える。意識的に胸元に熱を集中し、暖炉からの熱も多めに拝借した。先生たちも咎めなかった。次は水。ここには点滴設備はない。牛乳から乳糖を避けたものをお湯で薄めて布を浸しては吸わせた。仔狼は自分の知ってる乳の味と違うのに戸惑ってはいたけれど、死にたくなければ飲みなさいと命じると従った。心肺機能低下から快復したら次はまともな食べ物だ。肉食の獣の仔が食べるのは親が唾液で柔らかくした肉。ただ、生後何日なのかはっきりしない。もう肉を与えても大丈夫なのか。小さく小さく切った豚肉を口の中で何度も噛みぐじゅぐじゅにして、牛乳と交互に与えてみた。これも今まで食べたことのない味だったらしく、けれどもっともっとと喜んで食べた。この森には猪はいない。これが「豚」の味だとは見てもわからないだろうけど、人の家畜舎を襲ったら不味いなと脳裏に留めておく。 ほとんど死んでたのに心臓は急速に正常な心拍数を刻み始めた。ぽこりと膨れたお腹で仔狼は満足げに寝言を言った。 「……あれ?」
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