「オレのは解呪っ! なに襲ってくれてんのっ」 このマセガキがと慌てて引き剥がすと相手は不服そうにしていたが、試せたからもういいと言い放つ。 「な……なにを?」 聞きたくないけど、聞かずにはいられない。そんな心境だった。 「それについては解呪してから話すことにしよう。今日明日中に襲来があるのはわかりきっている」 悪徳非道の悪魔のお兄様大降臨。 一気に場が緊張する。和服の乱れを直しながら、眼は黙って相手の話に耳を傾けた。 「あと六時間もすれば解呪完了になるが……解呪が済むまでに長兄がここに来たときにはまずいことになる。彼は自分の世界に相手を引き込んでから嬲り殺す趣味を持つ。引き込まれたらすぐに私の名を――影と呼べ。ありったけの声で」 「へ? クロノが名前じゃねえの?」 「黒は色別呼称だ。私の名は黎・影(れい・えい)。姓が黎で名が影。名を呼ぶことを許すのは、母君と妹姫以外ではおまえがはじめてだな」 色別呼称。 それをしているのはこの世界を牛耳っている桁外れの魔力を持った皇族のみ。 第二皇子は軍事と知略に長けた実力者。黎・影という名を知らぬ者はこの宋江にはいまい。 「…………っ」 おったまげ過ぎて科白が出てこない。酸欠の金魚みたいにぱくぱく口を動かしていても、影の方は気にせず指示を続けた。 「名を呼ばれてもそっちの空間に飛ぶには時間がかかる。十分は自力で生き延びろ。その間、奴には決してふれられるな」 ふれられたら、死ぬ。 とてつもなく恐ろしいことを言われているのに。眼の頭のなかは別のことで動揺しきっていた。 「わかった。あ、メシ、朝メシつくらないと。オレつくってくるからっ」 逃げるようにして部屋を飛び出た。 一階の厨房へとかけ込むと、現実逃避するように保存食にしていた食材を床下の保管場所から瓶ごとひっぱり出す。 「皇族様だって……しかも」 第二皇子、黎・影。跡継ぎ最有力候補ではないか。 だが、おかしい。以前領主の名代として皇族行事に参加したときに姿を拝見した影は自分と大差ない年齢だった。 身長も百九十はある長身で、体格もよく、一度見たら二度と忘れないであろう嫌味なほどのイケメンだったのだ。 貴族であっても妾腹の子である眼の身分は限りなく低い。一生関わることのない相手だと思っていた。 「アイツの……くちびる……奪っちまったよ……」 皇族がくちびるを交わすのは伴侶のみ。この世でひとりきりの寵愛を受けた相手だけ。
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