同時刻日本、ソビエト国境付近。
灯りのない夜戦は不可能だ。 しかし、この二人なら可能だ。 矛盾を証明するのは、辺りに転がる四つの死体である。 生きているのは、日本武士団所属飯塚幾之助。ソビエト連邦KGB所属ウラジーミル・グリゴーリビッチ・グリーシャ。 死んでいるのは、日本武士団から二人、ソビエトKGBから二人。 生者の距離はニメートル程度から〇ミリ。 影も見えぬ二人が交差し、また離れる。 それは飯塚幾之助の方が確実に速く、事実、彼が握る白刃は確実にウラジーミルに傷を作っている。 その傷は瞬く間に再生し、再生を待たず拳を幾之助に向って繰り出している。 外れた拳が、幾之助の背後の小さな崖を砕いた。化石が出そうな程硬質な壁は、人の頭ほどの大きさに凹んだ。 当たれば肉体がこのようになる拳を避けつつ斬りかかる。 声は無い。 相手の息遣いと、殺気、物音。 それのみで二人は戦っていた。 常人ではない戦い。 それが突如破られた。 「Да(ダー)」 僅かな機械音と、何かに答えるウラジーミルの声。 次の瞬間、戦いは止んだ。 ウラジーミルが逃走したのだ。 当然、幾之助は追走にかかった。 しかし、足止めを食らわされた。 手榴弾を投げつけられたのだ。 爆発を足止めに使う。否、足止めにしか使えない。 実力の怪物は笑みを漏らした。 「ふ……ふふふ……ふふふふふふふ」 溢れ切れぬ高揚が溢れ出る。 「あの人、また、強くなっている……」 飯塚幾之助は強い男を殺したい。 己の刃によって、斬り裂きたい。 そして、自分も殺されたい。 死に一番近いところで、限界になりたい。 飯塚幾之助は剣士ではない。 剣豪という名の雄である。
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