「美苗さん、お願いします」 学の懇願は続いていた。 「射形とか矢飛びとか、そういうのを見たいんじゃないんすよ。美苗さんが、射場で、的だけを見つめている姿を見たいんです。そしたらきっと、何かわかるんだと思います」 学は悩んでいた。判然としない問いに対して、なんとか答えを見つけようと足掻いているような気がした。 まったく、とため息をつく。 今までずっと、ゾンビのような生活を送っていた。そりゃ当たり前だ。働いたら弓道をする時間なんて無くなっちゃうし、当然仕事に関東大会なんてない。絡み合う人間関係が私の首を絞める。 なんで生きてるんだろう? その答えなんて、ゆとり世代の私には出てこない。浮かびあがるのは、否定か拒絶だ。それでも私は働きつづけるしかないのだ。その程度のことしか考えられない。 だからこそ、私を乗り越えてほしい。 「しょうがないなあ」 ちょっと呆れた風を装って笑みをもらし、髪をうしろで結ぶ。 「道具一式、貸してくれない? 胸当ても朝練用のがあるでしょ?」 もう一度、的の前に立ってみよう。
弓手で弓を執り、妻手で矢を持ち、呼吸を整える。射位に移り、足踏みをした。胴造りをして、矢をつがえる。息を吸い、ゆっくりと吐いた。もの見をする。白と黒の円い的を見るのもいつぶりだろうか。気持ちが昂ってくるけど、それを優しくなだめ、心のなかにしずめていった。 打起しをする。線香の煙が立つように、ゆっくりと、それでいてふつふつとこみ上げる情熱をたたえながら、和弓を天高くつきあげる。大三、そして、引分ける。呼吸で拍をとりつつ、左右の均衡を乱さぬまま、なめらかに弓をおろしていく。肋骨を拡げ、両の肩甲骨を合わせる。 会の状態に入った。じっと離れが来るのを待つ。妻手の肘は落ちていない。外すときはいつも肘が落ちるんだ。恩師の言葉が蘇り、そして消えた。狙いの位置なんて忘れてしまったけど、体は覚えている。だからそれに託す。自ずと弦と弓掛は離れた。矢は一直線に飛んだ。
「射場所を求めて」より
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