「剣の記憶」
どこまでも広い空。どこまでも続く赤茶色の大地。 十五年前のあの日、抜けるような蒼天の下で、ファ・ズーの目の前には広漠とした真っ直ぐな地平線が広がっていた。 西の果ての国境付近から見える風景。 それは、建物がひしめく賑やかな都とはもちろん、ファ・ズーの家がある郊外ののどかな田園風景ともまるで違っていた。 正直に、ただ一言、美しい、と思う。 しかし、この雄大な自然の美しさに酔いしれてばかりではいられない。数刻の後には、雲ひとつないこの青空の下、大地は多くの人間の赤い血で染め上げられることになるだろう、とその時のファ・ズーは思った。 フン族の騎馬軍との戦いの時がすぐそこまで迫っていた。 草原に住み、遊牧を営む民であるフン族。彼らは、これまでも度々、国境を越えて帝国の村を襲撃し、嵐のような略奪行為を繰り返してきた。朝廷は国境の守りにつく兵士の人数を増やして対応しようとしたものの、神出鬼没で逃げ足も速いフン族の暴虐を止めることは難しく、国境警備の強化も焼け石に水の状態が続いている。 しかも、その乱暴が最近とみに激しさを増してきた。 略奪だけでなく、国境の警備隊を挑発するような動きもある。フン族は、我が国の物資や食糧だけでなく国土そのものを侵略しようと考えているのではないか、という不穏な噂が都に流れるようになった。 今回、ファ・ズーが隊長の一人として派遣された出兵は、今までのように略奪行為を働きにきたフン族を追い払うだけのものとは異なり、帝国軍が自らフン族と正面からぶつかり合いに行こうというものだった。帝国の強さをとくと見せつけて、フン族の炎の如き傍若無人に水を浴びせようという目的だ。しかし、フン族の騎馬隊は強い。ただ真正面からぶつかるだけで勝てるような相手ではないことは明らかである。だが、国のためにも決して負けられない戦だ。ファ・ズーは緊張と闘志で身が引き締まるような思いを抱いていた。
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