出店者名 尼崎セレクト
タイトル ヴェイパートレイル
著者 凪野基
価格 300円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
――二本の腕も、大地を踏みしめる足も、脆弱な肺も、翼なき背も
空を飛ぶには何の役にも立たなくて
だからこそ想い、希い、祈るのだ ひとつきりのこの心で

少年少女とヴァイオリンとモラトリアム「いざよいの夏」、猫とアンドロイドをめぐる死と再生の物語「ピートの葬送」、飛行機乗りの心の一線を描く「雲曳きの配達人」、空飛ぶクジラと喋るペンギンのフロンティアSF「宇宙船クジラ号」の4篇を収載した、SF・ファンタジー作品集。
空を飛ぶもの、宇宙に生きるもの、奏でるもの、旅するもの。「ここではないどこか」を歩む彼らの一幕をお楽しみください。
ジャンル、人称、作風色々で、「灰青」の小説が初めてという方にもお勧めです。

 夏の、目を灼くような鮮やかさが好きだ。
 原色のペンキをぶちまけたような青空、目を射る真っ白な入道雲。
 降り注ぐ蝉の声を耳にするだけでむずむずする。麦茶に浮かべた氷がからんと涼しげな音をたてて融け、心弾む水玉模様のグラスが静かに汗をかく。
 むせるような緑と湿気の匂いに、玄関や窓辺で焚く蚊取り線香の懐かしい香ばしさが混じっているのは、田舎独特かもしれない。
 僕が暮らしているのはばあちゃんの家で、隣家まで自転車で十五分、町と呼べそうなところまでは三十分、コンビニまでは車で十五分、という見事なロケーションだ。
 ばあちゃんの家、アニメに登場しそうな白い洋館は、純日本的な田舎の光景にも不思議と違和感なく溶け込んでいる。絵本の表紙にありそうなファンタジックな調和を、僕は心から気に入っていた。
(「いざよいの夏」より)


「これが宇宙葬……星になる、ということです」
 彼は見学者にするように、帚木母娘に説明した。少女がガラスから離れて、頷く。
「一方で、ピート君のようなロボットや私のようなアンドロイドは資源として再利用されますから、再生資源センターでお別れをすることが義務づけられています」
「ピートが粉々になっちゃう……」
 少女の眼が潤む。斜めにかけたポシェットの紐を両手で掴んでいるのは、ここにはないピートのケースを守ろうとする気持ちの表れなのかもしれなかった。
 彼は口調を和らげ、続ける。
「そうです。私もピート君も、再生資源センターで分解され、素材ごとに分別されます」
(「ピートの葬送」より)


「わからない。でも、飛びたいとは思う。前のように飛べるかはわからないけど」
「飛べるさ、何度だって。おれが言うんだから、間違いない」
 曲芸(アクロ)なんて墜ちて怪我して上手くなるようなものだから、とルイは続け、軽やかに笑んだ。
 その眼に浮かぶ確信はどこまでも透明で、それは狂気と紙一重の純粋さだとメグは知っている。空に魅入られた者の、傲慢ともとれる言葉。選ばれて空を飛んでいるのだという自信と誇り、それらを支える空への執着、憧憬と崇拝。
(「雲曳きの配達人」より)


あの飛行機雲を目指して
四つのあこがれが形になった作品集。凪野さんの文章は地に足がついていて、
力強い。こんな未来もあるかもしれないと思わせてくれる。それは「情熱大陸」という
耳なれた曲名であったり、緑の飛行機ゾキアはわたしはゼロ戦を思い浮かべた。
こうしたモチーフたちによって、ファンタジーではあるけれど、知っている世界をかいま見せて
くれる。
読み終えたとき、わたしたちにはさわやかな風が吹き抜ける。
あこがれは空をも突き抜ける。それは青い空に一筋走る、飛行機雲そのもの
だろう。
「決して届かない、だからこそ希んでやまない。」
推薦者第一回試し読み会感想

「宇宙船のクジラ号」がめえええっちゃかわいい!!!
そうそう! そうだよねええ!!! ペンギンもそうだし、クジラもそうなんだ!
やっぱりそうなんだ!!!

ってなりました(笑)



推薦者壬生キヨム

飛べるさ。
「いざよいの夏」「ピートの葬送」「雲曳きの配達人」「宇宙船のクジラ号」の
4つの短編からなる一冊。
どれも面白くて、すごく好きで、まとまった推薦文が書きにくいのだけど。
ただ音楽や夏、アンドロイド、飛行機乗りを通じて
見えるのは青い空と、どこまでの伸びる美しい飛行機雲。
「人を飛ばすのは人の想い以外にない。
飛びたいと思う心、飛ばせたいと思う心、飛べるはずだと思う心」
その言葉はそのままどう生きるべきかという操縦桿に他ならない。
推薦者第0回試し読み会感想

爽やかな喪失
シンプルだが凝っている装丁にまずひかれる。
「雲曳きの配達人」の奥行きのある世界観や、
「いざよいの夏」のころりと明らかになる設定が、
いずれも無理なく自然に描かれていて、魅力的だった。
展開する物語の描写も、非常に丁寧で読み進めるのが楽しい。

何かを失った/何かが失われたけれど、
それでもなお続いていくもの、
というのがテーマにあるように感じた。

前へ踏み出す希望を秘めた喪失がとても心地良い一冊でした。
推薦者第0回試し読み会感想

やがて飛び立つ、その日の為に
現在の、そしてかつての。
それぞれの居場所で空を仰ぎ、大地を蹴り、大空へと羽ばたこうとする凛とした強さを感じさせる少年少女たちの紡ぎ出す四編の小さな物語が収録されている。
彼らは自らの居場所を見据え、力強く「今」を生き、遠い空を仰ぎ、そこへと羽ばたく夢を忘れない。
「魔女」と呼ばれる祖母のもとでひっそりとモラトリアムな日々(彼自身がそう自覚しているのである)を過ごす少年と少女の出会いとかけがえのない夏、月世界で生きる人々と彼らと共生するアンドロイドとのある一日を描いた近未来、戦火の降り注ぐ日々の中、戦いの舞台を降りることを余儀なくされた「女神」と飛行機乗りの出会いを捉えたファンタジ――舞台を幾つも乗り換えながら描かれるのは、「生きる」ことと向き合うという彼らのあり方だ。
未来へと進むため、そこで新たな出会いを得るため――彼らは空を仰ぎ、遠い場所を目指す。迷いのない力強い生き方は、読み手であるこちらを揺さぶり、背中をそうっと押してくれるよう。
いまを生き、未来を夢見、「そら」へ希求することをやまない少女ニキとかつての少女メグのきらめきと鮮やかすぎる魂のコントラストが印象的な「いざよいの夏」、「雲曳きの配達人」の二編、世界の成り立ちを過不足無く・かつ説明過剰ではなく噛み砕いた形で描き出しながら「万物の流転・魂はどこからきてどこへ行くのか」を、それぞれに異なった形で与えられた「限りある命」を持った人間とアンドロイドの魂の交流を通して描き出す「ピートの葬送」を経て、魂を運ぶ「宇宙船クジラ号」の軽やかな飛翔により、物語は鮮やかに幕を下ろす。
「魂の飛翔」に触れられるかのような、心を踊らせてくれる一冊。
推薦者高梨來

飛べるさ、何度だって
思春期のモラトリアム、知性の継承の有り様、飛翔を刻まれた魂の連帯、生きとし生けるものの旅。SFと現実が折り重なる4つの短編集。

ナギノさんの作品は斜陽、時代の変遷がまさに目で見える『今』を生きる登場人物が多い。決断の時間は少なく伸ばした手は容赦なく打ち払われる。けれど目線はとても明るいのだ。
それは彼らに寄り添い筆を重ねていくナギノさん自身のつよさと希望が彼ら、そして作品に反映しているからだろう。

この作品群もそうだ。
描かれる人々はみな地に足着けて日々を重ねていく。それは「日々」を知っているからに他ない。

少年少女のモラトリアムと銘打ちつつも、描写は弾けんばかりの夏だ。むっとした熱気よりも木々を渡る風、家庭菜園の夏野菜、蝉時雨、悲壮なほど爽やかに夏は過ぎていく。少年と祖母との暮らしはしっかりと、祖母の教え子の少女との交流は淡くむずむずと。素人が好きなようにと少年が独白するヴァイオリンは二色三色と自在に重なる。そして少女は、少女だけは時を重ねてゆく。力強く、「あの曲」を奏でて。

知性を与えられたマシンの流転とは? 少女の飼い猫ピートと、猫が運び込まれた葬儀センター勤務のアンドロイド。『最後の時』を前に何を思うのか。個人的で蛇足な話だが、友人を亡くしたとき、火力によって変換される物質の流転でヒトは「どこにでもいて」「なににでもなれる」という状態にシフトするのだと自らを説得したことがある。そのことは常に私のなかにあって普段はそっと置いているのだけれど、まさにそこを揺さぶられた。
「彼ら(マシン)」と「我々(ヒト)」の違いはなんだろうか。魂? 感情? 実は系統樹のとても近しい枝に腰掛けているのではなかろうか。

愛機ゾキアを駆る『女神』メグ。アイコンしての彼女はスターだった。けれど求めていた世界と現実のズレ。そしてそのどちらも追えなくなった墜ちた精神と身体。それでも、言うべきでないことをこころにしまっておける(鬱積せずにきちんと消化し収められる)人で、それは彼女の生き方でもあり、自分を駄目にしない方法論を確立しているつよさだ。再び空へ戻るための願いと秘密を抱えながら人は軽やかに進む。重力の軛から解き放たれる瞬間を得に。


少年は夢に生き、少女は夢を推進力にかえる。そんな短編集。


そしてようそろ!旅はまだまだ続くのだ。
推薦者まるた曜子