出店者名 つばめ綺譚社
タイトル アンノウン
著者 伴美砂都
価格 200円
ジャンル 恋愛
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紹介文
コンピュータの管理会社で派遣社員として働く「僕」は、同僚にひっそりと想いを寄せる。
居心地の悪い昼間を足掻きながら、深夜のマシンルームでひっそりと息をしながら。
不器用で優しいひょろモヤシボーイの恋とか愛とかの物語。

 そんな事務所とマシンルームを行き来しながら、僕たちは黙々と仕事をする。どんな仕事も、マニュアル通りにやれと言われている。障害対応だけでなく、データ入力の手順や形式、バックアップメディアの交換や保管、はてはマシンルームの掃除の仕方まで。マニュアルはパソコンから本社のサーバーにアクセスして、データベースから検索して呼び出す。三年ほど前に電子化されたのだという。その前は紙で、分厚いファイルが何冊もある中から目視で探していたのだというから、かなり大変だっただろう。マニュアルは一覧になっており、それぞれ文書の作成者、更新者として本社の社員の名前が入っているが、三年前に登録されたときすでに文書があったものは、まとめて登録するときに名前を入れるのが手間だったのか、古いもので作者がわからなかったのか知らないが、作成者の欄はすべて「unknown」になっている。因みに文書の登録や更新をするときは社員番号を入力すると名前が表示されるシステムになっているが、僕たちがデータベースに何か文書を登録しようとしたときも、本社の社員名簿に名前がある人しか表示されないので、すべて名前はアンノウンになる。もっとも、マニュアルは基本的に僕たちが作ることはないので、新しいアンノウンが増えることはめったにない。
マニュアルに書いてないことが起きたときは、これまた膨大にある「担当者リスト」から担当者の名前を見つけ、その人に電話を掛け、ただ事象を伝えるのみ。決断は、本社の人たちがする。それについて疑問を唱えたり、文句を言う人はここにはいない。思っているだけで言わない人もいるのかもしれないが。言わないし思ってもいない人がいたとしても、それが必ずしも悪いことだとは、僕は思わない。マニュアル通りに生きれない人もいれば、マニュアル通りにしか生きれない人もいる。紙に書いていないマニュアルに従うことが困難だから、紙に書いてあるマニュアルに従って、日々の糧を得る。下流とか底辺とよばれても、這いつくばって生きていくしかないから仕方ない。仕事に愛着はあまりない。それでも、マシンルームの重い扉を開けて、電気を点ける前のそこにサーバーが起動していることを示す緑のランプが無数にきらきらと灯っているのを見ると、不思議と気持ちがすっとして、少し落ち着くような心持ちになる。少なくとも僕がここに生息していることで、誰にも迷惑を掛けていない。