木々の間を這うように、光と影を縫うように、道は続いた。進むほど幅は狭まり、枝葉の影は濃くなり、傾斜を上がる者の背中ににじむ汗をじわじわ冷やす。その暗い山道が一瞬、ザッと開けて、重たい風が陽の光を連れてくる場所がある。誰もが眩しさに思わず目を細め、足を止める。眩しさに目が慣れたころ、ようやく気が付く。その場所が、山頂であると。 楽(がく)も例に漏れず、山頂で立ち止まって風と光を浴びた。香ばしい匂いがする、と感じるのは気のせいであろうが、確かに秋の気配が色濃く漂っている。やって来た方向を振り向くことなく行き先を見下ろせば、そこに広がっているのは志知郡(しちぐん)の郡都だ。この高さからでも賑やかな様子が手に取るようにわかって、楽の胸は弾んだ。 ここから先の道は山の反対側へ回り込むことになる。下り坂となり、風がなくなる。海からの風はこの山に遮られているのである。この山を下りれば、郡都の城壁はもう目の前だ。 山の中腹に差し掛かると、斜度がゆるやかになり道幅も広がる。周囲に目を配る余裕も増えて、楽はちらほらと桔梗が咲いていることに気が付いた。十代の少年の大半はそうであるように、楽も花にさしたる興味はない。それでも美しいものには自然と目がとまるものだ。しばらく眺めていると、一か所だけ、こんもりと濃き紫が揺れているところがあった。おや、とよくよく見てみれば、それは、桔梗を抱えた誰かが、道端に屈みこんでいるのであった。 (あれっ、あの方は) 見覚えのある杏色の衣に、楽は駆け寄った。 「如石さま、どうなさったのですか、こんなところで?」 「ああ、楽。ちょうど良かった。これを持っていてくれない?」 振り返ったのは、白皙の青年である。抱えていた桔梗を楽に渡すと、地面に顔をつけんばかりに姿勢を低くした。どうやら土を掘り返しているようである。 「如石さま!御召し物が汚れます、私が代わりますゆえ!」 「いい、いい」 楽が慌てて膝をつく。青年は顔も上げずにそれを断って、土を掘り続けた。どうしたものか、と眉を下げて桔梗を抱える楽に、青年は掘り出したものを見せた。黒っぽい、枝のようなものだった。 「桔梗の根だよ。これが本命だったのだけど、つい、花を摘む方に夢中になってしまって」 まるで少女のように照れ笑いをする青年は、凌如石(りょうじょせき)。楽が仕える、凌家の嫡男である。
|