何かが、始まる。 そんな予感がした。妙に落ち着かない気分になる。 春だから、というわけではなかろう。 (始める、んじゃなくて、始まる、なんだよないつも) 昔はこんなこと考えなかった。考えるより先に体が動いた。根本は今もあまり変わっていないが。予感の正体を突き止める前に、よっ、と身を起こす。すぐ、お目覚めですか、と声がかかった。 「ん、おはよ」 「おはようございます、殿。起こそうかと思ってたところです。そろそろ、玄宰補がいらっしゃるのではないかと思って」 大きく伸びをする慶に苦笑しながら着替えを差し出すのは、甘子明。慶の側用人を務める少年である。歳は十五。 「葉が?……げ。俺もしかして朝議すっぽかしたかな」 「……えっと……、はい……」 「うーわー、マジかー。やっちゃったなー。なんでもっと早く起こしてくれないんだよ子明!」 すでに着崩れ、体に引っかかっている程度だった夜着を脱ぎ捨てながら慶は子明を睨む。子明はしゅんと眉を下げて、申し訳ありません、と詫びた。 「起床時間くらい自分で管理するのが当然なのだから起こすな、と子明に言ったのは他ならぬ貴方自身じゃないですか」 凛とした声が、割って入った。葉だ。寝室の入口で、拳を胸に当てる形の敬礼を取ったが、目は責めるような強い光を帯びていた。官服が、その鋭い視線に良く似合う。 (眼力上がってるぞ、葉) 怒りからではない、ということは慶にはわかるけれど。 玄葉。志知郡の宰執補佐である。志知郡は地域性として昔から女性を重んじる傾向が強かったが、宰執補佐にまでなった女性は葉が初めてだった。慶の、大切な右腕である。齢、二十。
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