咲かないさくらを育てて、十年。晩春、その子を身籠もった。 水のにおいに満ち満ちた枝を空に下げ、かの脆弱な樹《いつき》がどうしてもと乞《こ》うてきたためだ。 彼の――わたしに子を願ってきたのだから、さくらは男子《おのこ》だったのだろう。うなだれながらも、おねがい、ここにいて、おねがいだからと乞うてきた彼の言葉に惑った時、わたしはようやく義務教育を終えようかという身の上だった。 けれどわたしの叔母も、従姉も、さかのぼれば祖父の可愛がった姪も。みな、誰ぞ人ならぬ彼らに愛されて、早々手の届かぬところまで嫁入りをしていった家系である。 末子《すえご》のわたしが子を得たことに、伯父らは胸をなでおろすだけだった。たとえ父など知れずとしたって、この土の上を生きる誰かの子を選んだならば、おまえはどこへも行かないのか、あのうつくしかった人たちのように。難儀な血脈の男たちは、そう言ってたいそう喜んだ。 代々のねえさんたちとは違って、さくらの子を身籠もってなお、恋のひとつも憶えずにいたわたしは、ただ曖昧に視線を伏せるほかなかった。 わたしが育てた、わたしのさくら。 裏庭にたたずんで冬を越え、花もつけずに春を待ち、初夏にはわたしを樹上でまどろませた、秋にあってもしとやかに固い木肌を晒しては、景色に馴染みきるばかりの、弱々しいさくら。そんな頼りなさとは裏腹に、その芯には意志が育っているなどと、わたしの他には誰もしらない。 翌春、まあたらしいセーラー服に身を包んで入学した高等学校には、しかし早々、休学の届けが出された。 体を壊してしまった。血筋の持ちうる持病のようだ。全寮制のその学舎で、暮らしてゆくことおもわしくない、として。 ……いつかうしなったちいさな従妹をわたしに重ねる大叔父は、医師としての矜持を保つよりもなお、きっと面影を偲んで診断書をしたためた。彼は家系を蝕む病というべき、その血を継ぐ女ことごとくを人ならぬものから欲せられる、御霊憑《みたまつ》きの余香《よこう》をいまもおそれている。わたしの家族たちは皆、いつぞやから家筋に継がれるのかもわからない、異域《いいき》との縁に翻弄されて続けている。
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