出店者名 夕凪悠弥
タイトル 月下の星使い
著者 夕凪悠弥
価格 400円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
星月の魔力を得て奇跡を振るう魔術――星天術。 星天術士フェルナンドは、この術の研究の片手間に、魔術士や錬金術師を相手にした裏仕事を営んでいた。 今回、仲介屋から提示された仕事はとある好事家貴族が大金を積んで手に入れたという「大魔術師ハルトマンの遺品」の奪取依頼。 上弦の月が沈みかかった深夜、フェルナンドは同行をせがんだ弟子のルーナを連れ、貴族の屋敷に突入する。
おっさんと少女がひたすら魔法バトルをしているだけのお話です。

「ここまでくれば――大丈夫だろ」
 夕暮れに昇った半月が沈みかけ、北の七星と逆向きの天馬が映る星天。
 とっぷり更けた夜半。わたしとフェルナンドは山裾に口をあけた洞の中にいた。
 フェルナンドがことばを唱えると、小さな光霊が宙に浮く。旅人を装った二人の影が洞窟の中に映った。
「もう、上手くいくって嘘ばっかり」
 わたしが口をとがらせると、フェルナンドはまいったなぁと言わんばかりの照れ笑いを浮かべて、洞の中にどっかり腰を下ろした。
「悪かったって、ルーナ。帰ったらうまい飯作ってやるから」
「じゃあトマトとチーズのリゾット。チーズはトロトロで」
「子供舌のくせにまた贅沢な要求を……」
「フェルナンドが作ったのなら絶対美味しいもん」
「お褒めに預かり恐悦至極。――ほれ、星天術書よこせ」
「ん」
 わたしは言われるままに首からかけていた小ぶりの本をフェルナンドに手渡す。
 代わりに彼は、背負っていた革袋から同じ大きさ、同じ装丁の本を取り出した。
「ほれ、予備」
「ありがと」
 ゴツゴツした手から渡された新しい本を受け取ると、表紙に手を触れる。
 星よ、応えよ。簡単な呼びかけで、この本はわたしだけの術具となる。
 そうして『起こした』本を閉じると、さらに意識で本の中へ『潜る』。
 表紙の術式を媒介に、たくさんの記述の中からわたしは周囲を探る術を選ぶ。
「ことばよ、星を得てかたちとなれ」と一言。それで術は空間に広がった。
 それらの作業を終えると、わたしは本を革ベルトで固定して首にかける。少し重いけれど、大仰な杖を持ち歩くよりずっと軽い。
 その間に、フェルナンドは彼自身の作業を進めていた。
 腰の後ろに吊っていた本を取り外して手元に置く。わたしのものよりも一回り大きな本。厚みも倍ぐらい。
 革地にからくり装飾を施された表紙。
 そこに星図を模して埋め込まれていた宝石は、くすんだ灰色に変わっていた。
 フェルナンドはバネの仕掛けで一度に宝石を取り外すと、革袋へ放り込む。
 それから本を開けば、前半の三分の一ほどは白紙。残りのページにはびっしりと術式が書き込まれていた。
 空白になった一ページ目から、フェルナンドは羽ペンで新たに術式を殴り書いていく。すごく崩した筆記体。わたしにはさっぱり読めない文字。けれども、意味は通じるはずの、術式の羅列。
 集中している彼は、わたしのひいき目を足せば、とてもかっこいい。

収録作『星天の夜更け』より


おさしょうとともに「理系魔法」の醍醐味を堪能する
突然ですが、ファンタジーに登場する魔法を、仮に「文系」と「理系」に分けてみたいと思います。

「文系魔法」は、その発動において主に言葉を紡ぐことが重要なもの。
呪文詠唱が詩的で美しく、それ自体が読みどころでもあります。
体系立てられた魔法理論は存在しないか、あってもさほど言及されないことが多いです。
また呪文はなくても、魔法を当然のように使える人外が使う魔法もこれに当たるかもしれません。

反対に「理系魔法」は理論が重要で、長い呪文の代わりに魔法陣や道具がよく用いられ、使用者はたいてい人間です。
「自販機にお金を入れてボタンを押したらジュースが出てくる」のと同じように、魔法を使う行為とその結果についての因果関係が厳然と決まっていて、「奇跡が起きた!」みたいなご都合展開にはならず、物語にフェアな感じがあります。

さて『月下の星使い』でフェルナンドが使う「星天術」はというと、ものすごくカッコいい理系魔法なんです!
「星天術書」という魔術書に前もって術式を書いておくと、それが魔術儀式と同じ効果になって、術者はそこに「接続」する。
その作法がとてもきびきびとしていて、魔術でありつつも、読んでいてまるでプログラミングを組んでバーッと自動処理をするような気持ちよさがあります。
(そしてその使い手フェルナンドもまた、めちゃくちゃカッコよくて一粒で二度おいしいのです)

星天術について「よく設定が練られています」などと言ってしまうと無粋の極みですが、しっかり体系立てられた理論の陰には、それまでの魔術が辿って来た歴史が感じられます。
私たちの世界で科学が発展してきたように、フェルナンドとルーナの世界では魔術が時代とともに進化してきて、星天術が生まれている。
「星天術」は単なる設定を超え、作品世界に歴史を生み出し、奥深さを与えているように思いました。
「おさしょう」フェルナンドとルーナの関係性はもちろん、世界観の面白さにも注目していただきたい作品です。
推薦者泡野瑤子