「こんに……ち、わ……?」 いつものように扉を開くと、そこは空き室でした。 京都は上京区。千本今出川からちょこっと歩いた場所にある旧い雑居ビルの三階。 学校帰りに市バスに乗って、制服のまま通い慣れたはずのバイト先に来てみれば、そこはもう、いっそ清々しいほどもぬけの殻と化していたのです。 あっれ部屋を間違うたかな、と階や部屋番号を確認するも、そもそも預かっていた合鍵で開いたのだから間違いのはずもなく。 「えええええ……?」 そしてウチ、平野千花はあんぐりと口を開けたまま、その場に立ちつくすしかありませんでした。
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『加茂野特殊興信所』 これがウチのバイト先(だった)事務所の名前です。 普通の探偵業は建前みたいなもんで、『厄祓い業』という、ちょっとした霊トラブルの解決などをお手軽価格で引き受ける何でも屋さん。 かくいうウチも、以前は強すぎる霊感のせいで霊障によく遭ってたのやけれど、ここの所長さんのおかげで以前より普通っぽい人生を送れるように。 そんな恩義のあるここは、自分の相談などもできる手頃なバイト先。 怨霊悪霊のバーゲンセールが開けそうなここ京都では、それなりに需要のあるお仕事、というお話やったんけど。 「まさか……夜逃げ?」 つい昨日までは、物という物が詰め込まれて足の踏み場もなかったのに、?うなぎの寝床?らしく細長い部屋はウソのようにがらんどうの空間と化していた。 ウチはふと、その中心にぽつんと何かが置かれているのに気付く。 「刀……?」 日本刀。しかも江戸時代の武士が持っていそうな、漆塗りの朱色の鞘と、装飾の入った立派な鍔と柄のある、「いわゆる」な見た目。 「模造刀や、あらへんよね……」 近寄ってみれば、鞘に貼りつけられた紙には、マジックでデカデカと、 『バイト代(現物支給)』 と書かれていた。 …………はい? よく見れば側にはメモ。そこには可愛らしいボールペン書きの丸文字で、
『ゴミン。ちょっと資金繰りしくった☆』
ちょっとやばいことが書いてありました。
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