過去の結果

▼10月2週

横浜○-×京都
3点

お題
ギターを初めて買った。

これはまだ僕が70そこそこの若造でこの世のひねくれた酸いや甘いの一つも知らず飲んでは食い吐いては叫びの徒労の日々に嫌気がさしていたころの話だ。先輩の京子さんは皺まみれの顔をもっと皺くちゃにしながら煙草を吸い煙とともに焼酎を飲み干すと僕に言ったのだった。「世界は可能性に満ちている。けれど私と世界はあまりにも繋がっていないから私の可能性はもうほんの少ししか残されていない」。僕は京子さんと同じ梅割りのキンミヤ焼酎を飲み干して言った。「京子さんはまだ若いじゃないか。僕だって、これからなんだってできる」。京子さんは何だか悲しそうな顔をして瞳を落とすと「そうだね」と言ったきり黙ってしまった。彼女の首元に下げられたロザリオがぶらぶらと同一線上を行き来していた。そう。こうした時に男が思うことはいつだって一つしかない。僕は彼女に世界を見せてあげなきゃいけない。そうなんだ。僕は次の日、

ギターを初めて買った。

ミッシェル、マベル。
ビートルズの“ミッシェル”はイントロからして凄く難しかった。横であの子は云った。

「ミッシェルって世界一、切ない」

本当にあのアイラヴユーってとこ、世界一切ないよね。
あの子は僕の下手なギターに構わず、オートリピートにしたカセットに耳を傾けていた。

 世界一切ないよね。

 アイラヴユー。ウヲアイニ。あいしてる。他にも……。

ジョンレノンは死んでしまったけれど、テープは愛してるを繰り返す。
僕の気持ちは世界一切ないジョンに負けてしまう。
世界一切ないよね、と、あの子を打つ、胸が詰まるようなアイラヴユーを歌えない。

あの子と別れて部屋に帰り、ギターを部屋の隅に投げた。
僕の想いだって世界一切なかった、筈。
ラヴ、ラヴ、愛してる、世界は愛に満ちていて、伝わらなかった言葉が溢れる。
誰でも時々世界一になれる。世界一、切なくなる。
ギター、弾けなかったけど。

 さよなら、僕のミッシェル。

(先攻・横浜)クロラ-(後攻・京都)泉由良

審判評:
生活感と呼吸が聞こえて来る感じ★

-審査員:なおと

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