俺は焦っていた。
親友が自ら死を選ぼうとしているのを知ったのが1月前のことだった。
天才画家が利き腕を切断したのだから人生に絶望したとしても仕方はない。
人生には素晴らしいことがまだまだ存在するのだと説得する俺に、親友は言った。
「5日間僕を充分に愉しませてくれたら死を思い留まろう」
承諾するしかなかった。
俺はこの4日間、親友を歓待し続けた。
最高の食事、最高の美女、最高の芸術、最高のギャンブル。
それぞれは親友を充分に満足させたが、その間俺はずっと焦っていた。
最終日に必要な道具が揃っていなかったのだ。
あらゆる手を尽くしてやっと準備が整ったのが、5日目の朝のことだった。
親友は聞いた。
「これ何?」
「100万枚のドミノだよ。君は今日これを全部並べて世界記録を作って地道な努力の大切さと達成感を味わうんだ」
「ふーん」
親友はポケットから拳銃を取り出して頭を打ち抜いた。
俺は親友の名を叫んだ。
「間(はざま)-っ!」
たった1日、ほんの1日、
間に合わなかった。
そのほんの1日は、
何をしてももう、
決して取り戻せない。
それでも、何度も何度も思い出す。
朝の地下鉄で。
仕事中に。
帰りの夕日の中で。
眠れない夜に限って。
遊びに繰り出した街で。
誰かと過ごす日曜に。
それは突然訪れて、そして私をさらう。
目の前の風景は意味を持たなくなり、記憶が現実になり。
鮮やかすぎる色と、生々しすぎる季節に包まれ。
しかし、触れようとすれば一瞬で消えてしまう。
そしてまた目の前の何の意味も持たない風景にほおり出される。
その、繰り返し。
もしも、もしも、間に合っていたら?
いや、同じ結末が待ってる。
だからせめて間に合わなかった事が救いになるなら。
もしも、なんかぢゃなくていい。
涙を流しても。
笑い転げても。
叫び倒しても。
何もどうしたって、
変わらない。
変わらない。
だから、せめて。
私をさらって。
極彩色の記憶の中へ。
何度も、何度でも。
(先攻・神戸)一試合完全燃焼池上-(後攻・名古屋)e.R.i.51