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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 現石

    ひざのうらはやお
    500円
    大衆小説
    ★推薦文を読む

  • ひざのうらはやお最後の復帰作。鉱石をモチーフにした短編集。様々なジャンルにわたっているからこそわかる、ひざのうらはやおの持つ文体の妙が持ち味。テーマは「過去との対峙」。過去作に腰を据えて取り組んだリライト作品集。

試し読み

アクアマリン編
「Heavenly Hell」冒頭より

 僕は何にでもなれるはずだった。
 君すら救えるはずだった。
 総てを手に入れていたはずだった。
 尾鰭が泡に消え、鱗が嘘のように剥がれ落ち、それでも真珠のような肌と数多の海藻よりも柔らかな黒髪は揺蕩う水に眩しく映って薄く消えていくその時も、僕はどこか確信めいた自信があった。
 世界はどうにでもなると、ずっと思っていた。
 思っていた。
 ただ、そう、思っていた。

 身体が重い。
 随分と長い間、眠ってしまっていたようだ。質素な寝床は少し広く思えた。簡素な枕に横たわっている腕は、遠すぎて朧げになった記憶よりも細い。
「気が、つかれましたか」
 山間の都市に佇む教会の尖塔、その天辺にある鐘のような声だと思った。黒く染められた女の服が、その想像を掻き立てたのかもしれない。
 声を出そうとして、出し方が分からないことに気がついた。そもそも、僕は一体何者だったのだろう。以前の出来事が全く思い出せなかった。
「長いこと、眠っておられましたから」
 女は振り返って僕を見つめる。
 どきり、と心臓が高鳴った。
 理由はない。
 思い出せない。
 けれど、僕は確かに憶えている。
 女は若いように見えた。透き通るような輝く白い肌は修道服の隙間からちらりと覗いたし、もったりとした一重まぶたは優しく蠱惑的な視線を投げかけている。薄い唇は慎ましやかに結ばれ、口元の黒子に視線が吸い寄せられそうだった。豊満とはほど遠い、痩せてすらりとした身体はその境遇を指し示すのに十分だった。けれども僕はそこに官能を読みとった。
 きっと飢えているだけなのだ。かつての僕は、女色に溺れていたのだろう。
「近くの海岸に、打ち上げられていたのです」
 彼女は滔々と語り始めた。
 僕は海岸に打ち上げられていたところを助け出され、ここでかなり長い間眠っていたようだ。その間どのように介抱されていたのかは訊かなかったけれど、相当な根気を必要としただろう。僕は感謝した。けれど声が出ないので深く頷くことしかできない。寝床から出ようにも、足すら思うように動かない。

幻現自在の小説集

私がひざのうらはやお氏に出会ったのは「ひょんなことから」であるためここでは割愛するが、結果的に身内(同じサークルの所属)の推薦文となってしまうことをここであらかじめ謝っておこうと思う。フェアな書評ではないからだ。
本作は本イベントにて初めて頒布されるものであるが、私は氏と同サークルであることから、「幻石」の引き続きとして刊行された本作のゲラをあらかじめ読ませていただいた。「幻石」では実在しない鉱石をモチーフとした小説があしらわれていたが、本作はその逆で、すべて実在している鉱石をあしらった小説集である。とはいえ、すべてが現代ものかというとそういうわけでもない。冒頭のアクアマリン編はおとぎ話をモチーフとした幻想小説だし、続くヒスイ編もどこかSF調の小説であった。これら2編のみならず、本作に納められている小説たちは、すべて氏の「過去作」から編み出された「リメイク」である。「原作」がどう生み出されたのかを私は知らないが、本作に収録されている4+1編を読み終わった時、私は氏のてがけるジャンルの幅広さと、逆説的に垣間見える強固な哲学を感じた。
ああ、これが「ごうがふかいな」なのか。
そう納得させられるのが本作であるといっていいだろう。それだけの「重み」を、本作からは感じる。この推薦文がどこかひざのうらはやお的な言い回しを帯びてしまうのは、それだけ本作が「引き込む力」を持っているためであろう。
物書きとしての覚悟と矜持。本作から感じるのは氏の持つそれである。氏がどのように過去と向き合ったのか、氏がなぜ最後に、「飛んで火に入る」を、中編の純文学小説という本作において明らかに場違いなものであるにもかかわらず収録したのか。読み終わっても私は判らなかったが、納得することは出来た。そういうちからが氏の文章にはある。
「〇(ゼロ)」や「震える真珠」とあわせて読んでいただくと、その面白さは何倍にも増すだろうと思われる。だが、あえて、「まずは」の一冊であると、私は推したい。

新津意次