「鉄屑」より抜粋
老朽化した鉄骨造の公共施設が急増し、順次改修されていく中で、水道管や換気管の取り替えも行われ需要が急増したため、この鉄工所の中でも鋼管部の各班は大忙しだった。兼政の班も、工員の残業や休日稼働はないものの、各員総出で市の発注に取り組んでいるため、余裕はもとよりない。班長になって三年、これほど働いた月はない。部下の仕事を手伝ったこともあった。こっそり夜中に忍び込んで帳簿をつけたこともあった。鉄工所は残業を厳しく禁じているし、残業手当もよほどのことがない限り出さない。しかし納品を遅らせるわけにはいかないから、機械が動かせるうちは部下の仕事を手伝って、自分の仕事は時間外や休日にこっそり、というのが班長たちの間で行われていた。特に鋼管を薄くする行程が難しく、もとは熟練工であった兼政はほとんど二人ぶんの仕事を肩代わりしていた。従って彼はとりまとめの仕事や帳簿、日誌などの雑務を休日や金曜日の深夜に鉄工所に忍び込んで行う。鉄工所の製品は非常に重いものばかりで鋼の鉄扉と鈍重な鍵がしてあるが、泥棒がそんなものを持ち出すはずがないので警備員を雇うなどの堅固な対策は行われていない。そのためか他の班長級のものと鉢合わせすることもしばしばあった。彼らは出会うとばつが悪そうに歯切れの悪い挨拶をし、めいめいの仕事へと向き直るのだ。