「あかるく」


葉ようとやつてきたね脈みゃくと生きてきたんだねと抱いてやる

黄金の銀杏並木はその侭に黄金の路となる農学部

赤い葉もあをい葉も冬が撫で去りて落ちてゆきたり何故あかるくなる

落葉のあとで枝枝見えしとき刺し違へてゐて胸も尖ぬ

葉を踏みて「かしゃり」が次の「かしゃり」までダンスのやうに歩く御所にて

落ちた葉は崩れをり続き何処までも落ち地の底で沈黙の侭

無口だね京大近くのカフェーにて季節柄の寂しいのだと決める

カフェラテの泡が消えたらさやうなら押し葉の栞で綴ぢたら終り

園庭の落ち葉拾ひてたんたんと絵具叩いて紙にしなせる

平たき眼をして一枚ひらう葉の葉脈これが樹の血脈か

         ■ 泉由良

兼題「葉」

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木の葉散るネパールの紙棚奥に
          牟礼鯨

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葉脈に秋の日暮れを見せてやる
           泉由良

十月兼題「かそう」

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冷まじや鬼門に墓地の家相とて
          牟礼鯨

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秋晴れのひかりに透けてゆく火葬
          泉由良

「嘘つきのすき」


嘘つきの隣に座りむしやむしやと食むサンドウィッチ「今日は満月」

雨のなか看板見上ぐ映画館、ひとり今宵はペーパー・ムーン

トリックとトリップのあひだの距離の十五センチで会議は踊る

この地から旅立つときは独りだらう八十日間世界一周

醒めたとき夜が一回転してゐて笑つてゐるのはペーパー・ムーン

ひとりだから結ぶのは解けてゐるからだから星座になりたいつて月と泣く

嘘つきは蝙蝠傘を差し出して「雨が降るから」などと云ふのだ

ものがたりの重要登場人物が星座になれるのギリシャのはなし

星座になりたいだなんて云はないで恋はしないでペーパー・ムーン

それは吊るもの愛をひつかける為の釘、信じないもの嘘つきのすき

深爪の三日月の月が疼く頃また呟いた「嘘つきがすき」

   ■ 泉由良

「夜中の理性」

闇の中コンロの下に蛍光のデジタル数字の03:45

真夜ん中台所に直立してもフォークで髪は梳かない理性

開くなり光を溢す冷蔵庫まるで月夜の救命ボート

一度だけガス火を点けてみようかと でもまぶしかつたらきつとかなしい

真夜中にメッキのスプンやフォークなど丹念に磨き魔女みたいかも

電気スタンド話し相手のアルコホル 珈琲に至る失態の夜

夜中は甘美だれも居ないから甘美他人に映写機で見せてあげたい

横になる縦になる斜めになるいづれ枕元には時計は無いです

角砂糖、ミルヒ、メモ帖、万年筆、夜中は私の所有するもの

無頼派の床に寝転ぶ女なら夜明けといふ名の朝は知らない

     ■ 泉由良

「旅と砂と日々」

育ちゆえ海に慣れないままだから砂から硝石ばかりを拾ふ

砂浜でサンダルに付いた微粒子を何処まで持ち帰れば旅だつた

光から家に帰れば平日の埃か砂か倦怠なのか

はてしないいつかの物語のなかの仄かに色づく砂丘の群れよ

大切な海の硝石をテーブルの隅に溜めれば砂粒残る

日常は箒を持たない人間が砂を掃きたい綺麗にしたい

それは夢それは現実だつたから口から砂を噎せながら吐く

家のなか視えない砂が掃き溜まり這ひ蹲る這ひ蹲つてゐる

砂に生まれ露に暮らした人生の終焉がまだ地平に見えず

水の音が遠く遠くにささやけく砂を捨てずに季節を過ごす

       ■ 泉由良