浮遊区域 Monthly Deadline Project

cocoro / komachu / 待子あかね / 石川順一 / 大村浩一 / 河野宏子 / リリィ / にゃんしー / 山本浩貴 / 恣意セシル / こみちみつこ / 泉由良





 

"Human(人間)"cocoro



人と人の間には
塩がいっぱい詰まっている


一人の人のお腹には
砂糖がぎっしり詰まっている


にっちもさっちも
どうにもゆかない


((English Version))

Filled with salt
among us

Filled with sugar
inside me

No one can move
Nothing is moved


(c) cocoro



 

「たびなれば」komachu



そのまま太陽がちぎれていくのを見ていたい
上手に並べたマカロニのすきまかぜは妙に冷たい
舌先まで出た、なにかこう、思い出とか
言葉にすればチープで、気持ちとかそういうモンがハーモニカに詰まった


いつだって案内板は無視している
笠をかぶったねこのねごと
ぴたり当たる本音は尻尾


ガイコツ通りを悠々に
七光り交差点が背中にくっつく頃に
じわり錆びた足跡を消す作業に慣れちまってる


(c)komachu



 

「なまえ」待子あかね



にっこりわらっておしえてね
わからないから
にっこりわらっておしえてね
いつものあなたの声が
よくわからないから


なまえはなんだったかしら
あなたの
そして わたしのなまえは


にっこりわらっておしえてね
おなじようにわらえるわけじゃないけれど
わらえるように なれるように
やってみるから


(c) 待子あかね



 

「奔騰」石川順一



駐車場に落ちて居た
チョコレートアイスクリームの
黒い部分は少女で出来て居り
白い部分は少年で出来て居た
しばらくするとチョコとヴァニラは解け始め
融合し始め
チョコレートアイスクリームと言う
墓標が出来て墓標の様な長さの棒が出来て
棒を振り回す少年と少女が必要とされて
必要とされている暇があれば生まれるわけが無かった
駐車場に落ちて居た
チョコレートアイスクリームを
拾う人の手の手首はさびしえ
それを見て居る人の手の手首もまたさびしえ
チョコレートアイスクリームが溶けた奔騰が
道路を覆い尽くす奔騰が少年少女を
未来永劫食べ続け食べ尽くして居る図が
展覧会の絵の中で全て奔騰に呑み尽された後に残った
唯一の額縁だった


(c) 石川順一



 

「オータム・トレイン」大村浩一



錆びた転轍器に息吹きかけて   ※
反位へ いつもの車庫ではなく本線へ
いにしえの黄金2輛編成
記念運転だから構わない
この日の為に磨いてきた古靴
踏み外したかかとの痛みもそのまま
きみとのかなしみの
はじまった川岸を見に


長椅子で俯くひと
「元町と新町なら知っている」      ※
にせものの街が隣りに次々と造られ
こっちは風化と閉鎖のくり返し
同じ顔ぶれのひとたちから
お金を集める日々に倦み疲れ
それでも続くと思っていた日々が
貼り紙一枚で廃止と決まった


窓を磨き直したのは正解だった
燃えさかるさいごの夏
息吹きのまだあるうちに
持ち合わせだけのお金と言葉で
いつもと違ういにしえ電車で
元町と新町へ
そしてきみとのはじまりの川岸へ
缶ビールと使い捨てカメラが
ぼくらの精一杯のはなむけ


きみはお金を稼げる場所へ引っ越す
元町と新町いがいの場所へ
廃線跡はバス道、遊歩道などに転用
地図からも消されていく
黄金編成は川原の児童公園へ
水音を聞きながら
今度こそ永い永い休暇を過ごすだろう
ぼくが秘密を告げられたあの場所で
間違われたままの思い出や
踏み外したかかとの痛みも
そのまま



※童話『きかんしゃ1414』より


(c) 大村浩一



 

「花の秘密」河野宏子



お日さまをむんむんに浴びて
ふた周りほど育った
今日のわたしは
とりわけやさしく
隣人の子どもに微笑みかけた


やさしいむんむんは
足元からのぼってくるし
耳のあたりや脇腹から
にじむように出る
そしてそれは夜になると変わる
できの良い香水みたいに味わう
光で膨れたまぶたを閉じ
乾いてしまったくちびるを少しひらいて


無音の部屋で熱は
よりくっきりとして、わたしは、
あの花が繰り返し咲く
あまりにも当たり前の秘密を
知った気になる


深い夜、恋人はたずねてくる
よく冷えた缶ビールを持って


(c) 河野宏子



 

「購いの宴」リリィ



光に透かしたカミュが
ブロンズの影を落とす
窓のない部屋に夜も朝も無い


私は知っている
あなたの犯した罪を
私は知っている
あなたが吐いた嘘のことを
知っている
知っている


黙っているだけで


憂鬱な四月が終わる


崩れてしまう前に
塗りなおさなければならない
破れてしまう前に
繕わなければならない
壊してしまったら
隠せるとでも思ったのか


割れたグラスは
女給が掃き棄てた
替わりは幾らでもあるのだ
しかし
償わなければならない
何十年、何百年かかっても


     簡単に、言うなよ


(c) リリィ



 

「Spring has come」にゃんしー



つぼみが花ひらくように
コートを脱いで一人


空をみている


「寂しいときには空を見るといい」


会えなくなったひととも
同じ空の下にいるから


やさしかったね


上を向いて、歩かない
待っていれば、それはやってくる


風がふいたら


いま、体を通り抜けた
この感情が、春


(c) にゃんしー


 

「ニッチ」山本浩貴



 男がいる。そのころはまだ死人を死人として明確に特定できなかったので男は生者として考えられた。男の部屋には狂犬病を患った子供が縛り付けられている。男の話によると街を歩いているときに見知らぬ女が話しかけてきて廃ビルの中へ連れ込まれ、一種の見世物として、その子供を見せられたのだという。「そのとき頼んでみたんだ、売ってくれないかって。意外とあっさりしていたよ。観覧料とあわせて5万円だ」手足を念入りに麻の紐で縛られ、口をガムテープで塞がれた子供を緑色のリュックサックに押し込め、自宅へ持ち帰った。女は子供をテーブルの拘束から解いた瞬間に右手首を噛まれ、その傷を必死に干からびたタオルで隠しながら男と子供を見送った。
 先生は男を手術にかけると言った。まさに絶好の機会だった。男は全身麻酔を施され、脳の一部を切除された。目が覚めた男は白状した。「別に狂犬病ってわけじゃないんだ、すこし普通とは違うだけで」
それから男はリュックサックだけを持って家を追われた。空き家となったそこには小学生の兄弟のいる家族が住み始めた。ある日、兄弟のうちの近視で寄り目がちな弟が学習机の横の壁に小さなほころびを見つけた。兄がおもしろがって鉛筆で穴を拡げ、こじ開けてみるとなかから麻紐で縛られ、口をガムテープで塞がれた子供が出てきた。彼は世界ではじめて死者として認定された。男が死者と認定されるにはまだまだ時間がかかる。


(c) 山本浩貴



 

「ホワイトホール」恣意セシル



光が白く灼くアスファルトの上
スカートをたくしあげた君が笑っている
何かを呟いてる でも声は届かなくて
ただどうしようもなく確信的に
「殺してくれ」 と 唇が動いて見えた

それは遠い 春の日の思い出
指の下 強く脈打つ頚動脈に怯えた真昼

呼吸にすら傷つけられてしまう脆い君を
一体どうやって繋ぎ留めたらいいだろう
「世界の果てへ行きたい」と云う君の
真摯な あまりに真摯な眼差し

どんな絶望にも怯まず動くこの心臓にしがみつき
ただ無心に生きることを疑わぬ僕を
臆病者だと君は嘲笑うのかな

液体のように流動し続ける世界
輪廻に閉じ込められた季節が周る
逆光が埋め尽くす晴れた空
花びらの雨だれがぽつぽつと滴るから
喘ぐことそのものが目的のようになった君を
今こそ連れ去ってしまおうか

それは遠い 春の日を境としたパラレル
指の下 儚く耐えた君の絶望を食んだ真昼

たとえここが痛みだけ駆け抜けてゆく荒地だとしても
行く先は世界の果てではなく
もっと眩しい 光の中心

その為だけに僕はその影を踏み続ける


(c) 恣意セシル



 

「四月、海へ」こみちみつこ


 自転車で走る。風に飛ばされた涙が頬に落ちた。長い直線は信号で区切られ、わたしはだんだん遠ざかる。風の隙間をぬって走っている最中どうやって呼吸しているのか自分でも分からない。風は強かったが寒くはなかった。赤信号に当たると足を着き勢いよく呼吸する。息が切れて、しゃくり上げることはできない。空も道の上も白く曇り、見通しが悪い。

 わたしは遠ざかる。それだけを頼りに走り続けた。

 海が見えた。

 大通りから逸れて狭い道へ。海の方向へ。民家の建ち並ぶ路地は迷路のようだ。迷いながら進むうちに呼吸は平常に戻っていく。涙の代わりに汗が噴き出した。

 喉が渇いていた。背負ったリュックサックに水のペットボトルが入っていたけれど、見知らぬ家々のあいだではとても、地に足を着けて荷物を下ろす気にはなれなかった。

 路地から突然に開けた場所へ抜けた。視界を遮るものは堤防だけだった。堤防の向こうが海だ。堤防沿いに進み、自転車を置いて浜へ出られる階段を登った。

 海も、砂浜も、桟橋も空も、霞んでぼんやりしている。遠くの桟橋のボートに動く影が幽かに見えた。それ以外に人影は無かった。

 階段に座り込み、温くなった水を飲んだ。あやうく500mlを飲み干すところだった。途中で止めたのは、水が尽きたらいろいろなことを思い出してしまいそうだったから。

 タオルとハンカチとティッシュを取り出す。タオルは汗を拭うため、ハンカチは涙を拭うため、ティッシュは鼻水を拭うために用意した。

 わたしは静かに「浜辺の歌」を口にした。唄い始めると涙がこぼれた。泣き声にならないように、しゃくり上げないように、唄った。何度か嗚咽に呑まれてしまったけれど2番まで唄い終えた。唄い終える迄に涙は止まっていた。

 大粒の涙を流すことはとても気持ちが良い。わたしは泣きたかった。けれど日常に泣いている場所は無い。泣いているのを誰かに見られてはいけないと、いつからか強く自分に決めていたからだ。だからこの海へ来た。

 もう一度ペットボトルの蓋を開けて水を飲み干した。そして腰を上げ、重心を意識して正しい姿勢で立った。目は開いているけれどなにも見ていない。深い呼吸をした。

 世界は広い。ひとびとは大勢いる。わたしはここで贅沢な休日を過ごしている。これらの相関について思う。自転車でわたしは帰る。遠ざかったと感じた距離は、自転車で往復できるだけの距離でしかない。

 身体を強くしたいと思った。そうすればもっと遠くまで行ける。ひとの助けになることもできるような気がする。






 

「about so-u-la(空について)」泉由良



 空には名前がない。


 空には国境線がない。アメリカ空や中華人民共和国的空などというものはない。


 しかしながら空はただただ故郷だ。たとえばかなしみが訪れたとき俯いて涙をこぼしたきみが、眉間に皺を寄せながらあたまを上げると、きみの世界は空に覆われているのが見えるだろう。それは凄まじいほどに強烈な懐かしさと果てしないものについての届かない哀しい憧れというふたつの感情を、きみに与えてくれるだろう。


 空の色はその瞬間でしかなく、空とは瞬間が永遠に続く元素の羅列だ。かの羅列は、きみの肉体を構成している遺伝子の二重螺旋への郷愁を呼び覚まそうとしているのかも知れない。


 きみは空を見上げる。あたまを仰け反らせ、そして目を閉じてもっと躰を反らせる、飛び込もうとする。空へ、飛び込んでゆこうとする。しかしそれはいつも不可能のうちに終わる。きみは人間であって、重力に反して飛べはしないからだ。それも空のなかに落下してゆくほどに力一杯飛ぶことなど全く以って不可能なのだ。

 空は燃えない。空は破壊出来ない。空は消えない。いつかきみが死に屍体が腐り微生物に喰われて土になったとしても、空はずっときみの上空にある。きみがきみとしてこの世に存在していなくても、空はまだ在る。在るということ。その意味と儚さが季節折々につけ、雨雪になって人間の大地にそそぐ。


(c) 泉由良