「――何だ、お前生きてたのか。」 少しだけハスキーがかった低い声だった。水底を思わせる、静かな振動をその声色は含んでいた。 「もう殺されているのかと思ってた。」 床に倒れこんだままのエージェントに向かって、男は言った。その場に生存者がいたことなど別段取り立てた問題ではないという風な態度が、そこにはありありと刻まれていた。男は別に、エージェントを助けに来たわけではないのだ。 「……あなた、誰なんです。」 「誰って? ただの掃除屋だよ。」 エージェントが掠れた声で訊いた質問に、男は答えた。掃除屋、と口にした際、おどけるように少し肩をすくめて見せた。 男は心底、エージェントに関心がなさそうだった。 男は既に事切れているターゲットの顔をまじまじと見ていた。きっとターゲットの男は、自分が死んだこともよく分からないままに命の灯を消したのだろう。糸のように細かった目は、後ろから急に撃たれた衝撃の為か大きく見開かれ、口からは幾筋かの血が流れていた。 エージェントは、先ほどまで自分を追いつめていた人間の死に顔を不思議な気持ちで眺めた。心臓の鼓動を奪われるはずだった自分が何故か生きながらえ、奪う側の立場に立っていたはずの男が凄惨な表情で死んでいる。それは不可解な立場の逆転だった。 と、男がターゲットの顔に触れた。何かを確かめているのか、頬を何度か人差し指で押した後に、べろりと下瞼を捲った。その仕草のおかげで、ターゲットの死体はアッカンベーをしているような表情になる。不健康そうに白く濁った下瞼の裏側は、肉っぽく生々しかった。何をしているのだろう、という疑問がエージェントの頭に浮かぶ。が、その疑問は男がターゲットの眼窩に指を突っ込み、眼球を抉り出したことにより驚愕へと変わった。 男は表情を消したままで、ターゲットの目玉を抉り出していた。眼窩に中指を差し入れ、少し浮かしたところで親指を添えて目玉を抜き取る。男が無感動そうに腕を上げると、目玉から伸びた神経がずるずると眼窩から出てきた。それは幾筋もの赤黒いコードとなって、宙に揺れていた。 エージェントの首筋が泡立った。ぞわりとした悪寒が背筋を走り抜け、指の先が冷たくなる。衝撃に目を見開いていると、男の指先に摘ままれているターゲットの目玉と視線が合った気がした。 気持ち悪い、と思うのと吐瀉物が胃からせり上がってくるのは同時だった。エージェントは横倒しになったまま、何度か激しく吐いた。身体の節々が壊れているために、吐くごとに千切れるような痛みがあった。
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