帝国最南部――【迷霧の森】。灰色の霧が針葉樹林に絡みつくように覆いつくしている。戦死した人間や精霊たちの怨念が濃霧に化けたらしく、侵入した者は永久に脱出することができないという。 森の前に三人の男が佇んでいる。二人は白銀の甲冑で全身を覆い、もう一人は金色の刺繍が施された、カフスつきの外套を羽織っている。歳は三十ぐらいだろうが、明るい金髪と微笑みは少年を思わせる。 「おい、あれをよこせ」 外套の男は甲冑姿の男からハンドベルを受け取り、力いっぱい上下に振る。大きな音が鳴り響き、頭の芯まで震わす。 「魔族首領――クルーエル=バッハに告ぐ! 私は帝国貴族のイヴァン=フィヨルド。話がある。聞こえているなら出てきてほしい」 落ち着きがありながらも大きい声でイヴァンは言う。 森からこだまが返ってくる。イヴァンの声色だけでなく、数多もの人の声が重なっている。掠れた声や金切り声、奇声も混じっていた。 甲冑姿の男二人は互いに青ざめた顔を見合った。 「イヴァン様、やはりここは危険ですよ。城に戻りましょう」 「そうですよ、魔族なんて何をしでかしてくるか、わかったもんじゃないですよ」 魔族とは人間たちに忌み嫌われる精霊たちの総称である。人を襲ったり食ったりする種も存在する。 「ここまで来て何を今更。門は叩かねば開かん」 しかし、何事も起こることなく、森の濃霧は相変わらずただ蛇のように木々に絡みついたり漂ったりしているだけだ。 「特に変化はありませんね……」 「ベルの音が聞こえなかったのでしょうか。この森の先がどうなっているかは我々人間にはわかりませんし」 「たしかに。この森を自由に行き来できるのは魔族だけらしいしな……」 イヴァンは二人の会話など気も留めずただ腕を組んで黙っていた。 そのとき、突然一本の木に生い茂っている葉が獣のように激しく揺れ始めた。 「んっ?」 三人は抜刀し、腰を低くして身構え、全方向に細心の注意を払う。 「ふっ、ようやく応えてくれたかな」 イヴァンは鋭い笑みを浮かべながら、揺れ動く木を鷹のような眼で睨みつける。 その揺れは伝染するように他の木にも起こり始めた。風が吹いていないにも関わらず、木々はまるで嵐にさらされているかのようにざわつく。
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