尼崎文学だらけ
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タイトル 水晶の舟
著者 鳴原あきら
価格 500円
カテゴリ 恋愛
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紹介文
死の淵に立つ人たちに、強くひかれてしまうデラ。そんな彼女が運命のひと、ドロシーと出会ったが、それは至福であるとともに、破滅への第一歩だった。解説は、幻想文学作家・津原泰水。
あなたの知らなかった「欲望」がここに!

 物心ついた頃から、殺されたかった。
 ごっこ遊びをする時は、いつも生け贄役を志願した。助け出されるお姫様をやりたがる少女はいなくもないが、生け贄となる一般の娘をやりたがる女の子はとても少ないので、私の希望はだいたい通った。勧善懲悪の単純な筋立ての中で、私はむごたらしく殺された。死ぬ真似もまあまあ巧かったので、友人たちはたいして不審がりもせず、何度もそれにつきあってくれた。
 ごっこのクライマックスは、エレメンタリー・スクールの六年時、クラスの発表会でミステリー劇をやった時だった。この劇の冒頭で、三人の人間が殺される。私はすぐに被害者役を志望した。他の役をあぶれた子がもらうような、つまらない役だったので、この時ばかりは「何故そんなものをやりたがるんだ」と周囲に少々怪しまれたが、刺されて死ぬ真似にしろ撃たれて死ぬ真似にしろ、それまでに相当の経験を積んでいたので、演技を見せたところで納得してもらえた。
嬉しかった。
 心の秘密を隠したまま、堂々と殺されることができるのだ。
 私はじっくり練習し、本番の日に備えた。
 どうやら私は、名もない、ありがちな犠牲者になりたかったらしい。通り魔にいきなり殺されるのが理想だった。自分でも動機を説明できないような連続殺人鬼が、さらに意図せず刺してしまうような相手に。いわく因縁があって殺されるとか、それによって誰かが嘆き悲しむような死に方は厭だった。ただ無雑作に殺されたかった。普通のごっこ遊びの死には、なにかの理由が必要だ。生け贄はその身を捧げることで、一躍英雄になってしまう。私は注目されたいのでも、愛されたいのでもない。ただ殺されたいだけなのだ。
 練習のかいあって、劇の発表の日、私は舞台の上で完全に殺されることができた。しかし、ひとつだけ失敗があった。倒れた時に、緞帳のおりる位置から少しはみ出してしまったのだ。第二幕が始まる前に、セットを変えるために一度幕がひかれるというのに。幕が閉まる直前、見ている人たちの前で生き返らなければならない。どうしよう、と焦った。
 ありがたいことに、私の焦りに気がついた同級生が一人だけいた。その子は閉まる幕と一緒に素早く近寄ってきて、倒れたままの私の足を少しだけひっぱり、なかに隠れるようにしてくれた。幕が閉まるまで、私は死体でいられたのである。
 私はその子に、十数年たった今でも、深く感謝している。


死への欲望が、心を揺さぶる
「死」に対する欲望を秘め、揺らぎの中にいた
二人の女性の出会いとそれからーー
心と肉体のひきさかれるような痛みとさけびが痛烈です。
「欲望」のふちを覗きこんでしまったかのようなスリル
推薦者第一回試し読み会感想
推薦ポイント表現・描写が好き

Narihara Akiraと『水晶の舟』
◆Narihara Akira(以下Nとする)と出会ったのは十年以上前のことで、その最初の印象を思い出そうとしているのだけど、僕自身、二十歳(はたち)の混沌のさなかに居たせいもあって、記憶の、とりわけ前後関係が曖昧模糊としている。やがて冬が訪れて、Nが白いとっくりセーターの愛用者であることを意識した瞬間や、会話の断片――Nの口から発せられたその偏愛する作家、音楽家や音楽家らしき人々の名前、Nの筆跡が奇妙に僕のそれに似ていて、走り書きを解読するのが僕の役目だったことなどが、切り刻んで繋ぎ合わせたテープを聴くような調子で面白おかしく現れては消え、また現れ、消えていく。

◆当時からNの書く小説には、ある種の読みづらさが付きまとっていた。それがNの思索の忠実な引き移しであるがゆえなのか、あるいは意図的な撹乱だったのか、じつは未だ判断がつかずにいる。チェスタトンの軽妙や中井英夫の律儀さを引き合いに出すのはたやすいが、それらを経過したからと言うより、べつの多くを経過しそこねたゆえの作風に思えた。僕のような無節操な小説読者にはいささかもどかしい面もあった。つくづく、読者とは身勝手なものだ。

◆『水晶の舟』はそのNがふと、普段とは違う楽器を爪弾いて見せたような作品だ。旋律はNのものに他ならないが音色が違うので、一瞬とまどう。僕にとりNの資質を理解しなおす好機だった。相変わらず衒学的だし、物語が論理の軽業に牽引されていくのもいつものこと。しかし語り口が――楽器とすれば、発音までの物理的構造が、決定的に違う。

◆『水晶の舟』はたぶん、現在のNの自信の現れなのだ。どういった素材をどう調理しようと結局Nの味になる。小手先のレシピではない、とNがほくそ笑んでいるのが見える。

◆『水晶の舟』でNは、死という名のカードを、幾度となく裏返す。最後の一行まで裏返し続け、そのたびに新らしい唐草模様が現れる。いかにもといえばいかにもなラストで、放り出された読者は、模様の冬枯れた最後の姿を探し求めるのだが、じつのところNは冒頭でそれを提示している。安っぽいオルガンとギブソンのSGとジャジィなドラムを従えた、モリスンの歌に託して。(Feb 9,1997)
推薦者津原泰水
推薦ポイント表現・描写が好き