尼崎文学だらけ
ブース 評論A
Re.set
タイトル ご主人さまにあ
著者 ゆにっとちーず
価格 1000円
カテゴリ 恋愛
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紹介文
父の死から七年、母の死から一年。
肺炎をこじらせて亡くなった母親の一周忌。
藤みつ希は体調不良と嘘をついて法事をサボタージュする。
二人だけの家族となってしまった弟の由貴にすべてを押し付け、
破滅願望を満たしてくれる相手をインターネットで物色していた。

その折に出会った、浅見と名乗る男。
彼とSMまがいの性行為を繰り返しながら、
己を常に責め立てる「なにか」から逃れようと必死になる。

不審死を遂げた父、
呆気なく死んだ母、
よそよそしい弟、
みつ希に執着する男。

すべての人物が繋がったとき、みつ希の世界が急激に動き出す。

※windows用18禁ノベルゲーム

……花の香りを持った炎がゆらゆらする。
六角形の凹凸を持つグラスの中で、蝋燭の灯火がなめらかに揺れる。
部屋の灯りを落として炎のゆらめきに魅入っていると、今日のずる休みの罪悪感も薄れてくる。
「……嘘をつくんじゃない」
低い声を作って、呟いてみる。
思いの外よい声が出て、自分でない誰かに叱られているようだった。
「……ごめんなさい」
「何に対しての謝罪?」
今度は演技をする必要がなかった。
心の奥から這い出した私の主は、ちゃんと私を戒めてくれる。
「自分に嘘をついたことへの謝罪です」
きちんと……答える。
「そもそも今日休んだことに、罪悪感なんてないから……」
「どうしてかな」
「命には平等に価値がないからです」
そう口にすると、下品な忍び笑いが一緒にこぼれた。
「ところで」
これは、なんの匂いだ。
「レモングラスです」
今度はご主人様が笑った。
女の子だものなぁ、とけらけら。
「本当は白檀の香木が一番好きなの」
私を縛り、視界の自由を奪い、口枷を噛ませて床に転がすとき……あの人は必ず白檀が強く香る煙を炊いた。
五感のうちいくつかを奪う行為は、瞑想と同じ意味を持っていた。
足を組み、瞳を閉ざし、ひたすらに敏感となり、ありとあらゆるもの……。
考えごとも、思い出も、好き嫌いも、感情も、なにもかもが。
ただ自分の中を「通り過ぎていく」ものだと悟ること。
自分はただ空虚なうつわであると、なによりも先に識ること。
それが私という人間をかたち作っていくための儀式だった。