……花の香りを持った炎がゆらゆらする。 六角形の凹凸を持つグラスの中で、蝋燭の灯火がなめらかに揺れる。 部屋の灯りを落として炎のゆらめきに魅入っていると、今日のずる休みの罪悪感も薄れてくる。 「……嘘をつくんじゃない」 低い声を作って、呟いてみる。 思いの外よい声が出て、自分でない誰かに叱られているようだった。 「……ごめんなさい」 「何に対しての謝罪?」 今度は演技をする必要がなかった。 心の奥から這い出した私の主は、ちゃんと私を戒めてくれる。 「自分に嘘をついたことへの謝罪です」 きちんと……答える。 「そもそも今日休んだことに、罪悪感なんてないから……」 「どうしてかな」 「命には平等に価値がないからです」 そう口にすると、下品な忍び笑いが一緒にこぼれた。 「ところで」 これは、なんの匂いだ。 「レモングラスです」 今度はご主人様が笑った。 女の子だものなぁ、とけらけら。 「本当は白檀の香木が一番好きなの」 私を縛り、視界の自由を奪い、口枷を噛ませて床に転がすとき……あの人は必ず白檀が強く香る煙を炊いた。 五感のうちいくつかを奪う行為は、瞑想と同じ意味を持っていた。 足を組み、瞳を閉ざし、ひたすらに敏感となり、ありとあらゆるもの……。 考えごとも、思い出も、好き嫌いも、感情も、なにもかもが。 ただ自分の中を「通り過ぎていく」ものだと悟ること。 自分はただ空虚なうつわであると、なによりも先に識ること。 それが私という人間をかたち作っていくための儀式だった。
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