尼崎文学だらけ
ブース June1
午前三時の猫
タイトル ほどけない体温
著者 高梨 來
価格 900円
カテゴリ JUNE
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紹介文
創作BL│ 文庫│ 314頁 │ 900円 │ 16/03/21

どうしてこんな風に、縫いつけられたみたいに無様なこの視線が逸らせないんだろう。


他者を遠ざけるように生きる大学四回生の桐島周はある日、知人を介した呑み会の席でいやに気さくな男、瀧谷忍と出会う。
忍から差し出される無遠慮な温もりにいつしか頑なな心を溶かされていくことに戸惑う周がある日、誰にも明かすつもりのなかった本音を打ち明けたことから、二人の関係は急速な変化を遂げる――

石油王(http://raixxx3am.blog.shinobi.jp/Entry/44/)でお馴染み?周くんと忍の出会い〜ふたりだけの信頼関係が生まれるまでのお話。
コンプレックス持ちのツンデレ×うざめげない(リバあり)の大学生BL、商業BLくらいのガッツリ目のR18描写を含みます。

「……したことあんのかよ、男と」
「男とかそういうんじゃなくて、周としたい」
 平気で言うのか、その口で。呆れて返す言葉も見つからないまま口を噤んでいれば、引き寄せるみたいに首筋に腕を絡められ、そのまま乱暴に吐息を重ね合わせられる。
 最初に触れられた時とはまるで違う、体重をかけるような重い口づけは唇を塞いですぐ、生ぬるい舌を割入れるようにして、無遠慮な動きで口蓋や歯茎を舐めとるような動きでこちらを蹂躙してくる。
「んっ……ふっ、ンっ……」
 吐息の苦しさに鼻腔から息を漏らせば、いやらしくぐずついた鼻にかかった自らの声にうんざりしてくる。
 まったく、体は正直とはよく言ったもんだ。最低限の礼儀に応えるみたいに自らの舌を差し出せば、貪るみたいにきつく吸い上げられて体ごと縮まりそうになる。その間も、いやに力の強い掌で引き寄せるみたいに髪を掻き回されて、背中をきつく抱き寄せられて身動きを奪うことを忘れない。
 ああ、これを知ってる。肌を通して伝わる手触りや体温を通じて、どうしても思い起こさずにいられない、いつか触れたこいつとは違う誰かの感触に、どうしようもなく胸がざわめく。
 これは一体なんだ。罪悪感?
 そんなの、きっとこいつだっておあいこだ。この動きだって全部、女とした時のをなぞっているに決まってる。こうして目を瞑っていられる間ならまだしも、いざ男の身体を目にしてしまえば、途端に萎えてそれでおしまいに決まってる。それならいっそ、この茶番を楽しんでやるしかない。
 覚悟を決めたように舌を吸い上げて応えてやれば、ぐらりと溶け出しそうな熱さが頭の奥を揺さぶって、ますます息を詰まらせる。じっとりとしたその熱さから受け取る欲情に、気が狂いそうになる。ああ、きっとこちらのそれも同じくらい火照らされているに違いない。
 熱を分けあうように貪りあう行為にいつしか飲み込まれそうになっている自分に、頭の片隅ではずっと無様な警鐘が鳴り響き続ける。いまなら引き返せる。いまなら遅くない。こんなの、どう考えたって間違ってる。

 でも、それのなにがおかしい?


やわらかい気持ちになれるBL小説です
キャラクターの描写がほんとうに達者な作品だと思います。みんな物語のなかの人だとは思えないほど生き生きしているんですよね。全体に流れる生活感だったり(とくにごはんの描写!)、心の動きがストーリーに密接にからんでくる造りだったりがその源だと思うのですが、とにかく、キャラに愛着が湧く!そのぶんどっぷり肩入れしてしまう!そんな特徴を持ったお話です。周くんが悩んでいればこっちもなんだか苦しくなってしまうし、忍くんとの関係が深まっていく過程は喜ばしい。優しすぎるがゆえに不器用でいじらしい周くんにほんとうに幸せになってほしいと思ったので、彼の前に現れた忍くんはわたしには天使に見えます。一見軽いんだけどほんとうは頭がよくて、ちょっぴりうざくてあざとい人たらしの天使です。(こんなの好きにならないわけがない)(個人の意見です)
とくに心を動かされたのは終盤、周くんが昔傷つけてしまった男性、タカミさんに対して独白する場面。詳しくは読んで確かめてほしいのでネタバレしないでおきますが、ちょっとしんみりさせられつつもあたたかなカタルシスが待っています。
痛みや苦しみはありつつも、優しい世界の物語です。キャラクターたちに寄り添ってその世界に浸りきったあとは、やわらかい気持ちになれるはず。
推薦者まゆみ亜紀
推薦ポイント人物・キャラが好き

鉄板100パーセント!
商業BL文庫の棚にささっていたとしても、何の問題もない一冊。
最初から最後まで過不足のない鉄板展開で、迷わず読ませる。
綿密なプロットと構成がすけて見える。
相当のスピードをもって書かれているのがわかる。
熱量に圧倒される。
「天才というのは、ほんとうにいるものだな」と思う。
こなれた文章や造本についても、BLを書き始めてわずかな年数とは思われない。

ただ一つ、後悔していることといえば、「しまった、スピンオフから読んでしまった……!」
周くんの葛藤がきっちり描かれているだけに、それを知らない状態で前作を読みたかったという、ワガママな気持ちに。

もし、ひとつだけ注文をつけるとすれば、「忍が周を好きになったきっかけって何なんだろう?」というところ。完全に周くんの視点で話が進んでいるので、忍の気持ちが読者にはわからない。その、わからないところがミソなわけですが、ちょっとした補足エピソードが欲しかった。ささいなことでいいのですが、忍にそこを、告白して欲しかった……。
ただ「タイプだから」「気になるから」というだけで、そこまで人を好きになるものかな? 周くんも、そこが疑問だったのではないのかな、という。人に一方的に踏み込まれるのって、けっこうなストレスなので、私が周くんでも、相手が忍でなくても、うっとおしいと思うんですよね。理由がわかると安心できるというか。
そこがあれば120パーセントの完成度だと思います。

というか、シリーズをさかのぼって、読まなければ……!
推薦者鳴原あきら
推薦ポイント物語・構成が好き

ごはんをかこむ距離、愛情を咀嚼すること
丁寧に紡がれた関係性にあたたかな読後感を得たBL。テンポの良い若者たちの会話のリズムに乗って、すいすい読み進めました。
ゲイであるというコンプレックスを抱える周に対し、ぐいぐいと距離を縮める忍。忍くんのまっすぐな愛情、懐にするりと飛び込んでくるさまはとてもチャーミングです。

印象的だったのは食事のシーンです。ふたりは何度も食卓を囲みます。居酒屋で、アパートで。距離をはかりながら、秘密を打ち明けながら、少しずつ互いを受け入れ許すため、あるいはなんでもない朝や晩の営みとして。決して贅沢な食事ではないけれど、とても豊かな日々。
とくに周と忍が初めていっしょに食べる朝ごはん、忍がごはんをミネストローネに浸して食べるシーンがとても好き。周が世界に引いていた一線「灰色のゼリー」を、忍がやすやすと越えてくる印象的な描写です。

周の、自分は同性愛者であるという苦悩、それゆえの周囲への不信感もとても丁寧に描かれています。自分のうちにこもりがちな周ですが、じつは周囲の人たちはみんなあたたかい。友だち、バイト先の同僚、忍の友だち海吏くんや春馬くん、きっと周の実家の家族だって(方向性や種類は異なるとしても、周にとっては受け入れがたいとしても、受け入れないことを選択するとしても)愛情深いのではないか。
手を伸ばせば、心を開けば、あたたかな世界が広がっている。ただそれを無理にこじ開けようとするのでなく、周が忍とのやりとりを通して徐々に獲得していくのが素敵だなあと思いました。焦らなくていい、だめでも格好悪くても失敗しながらでもいい、不完全な若者同士が寄り添って、自分たちのペースでふたりだけの“生活”を手に入れる。その小さな達成にほろりとしました。

あとがき、後日談的な章、ペーパー、そしてweb等、周と忍の物語は続いていきます。幸せなこともそうでないことも、二人で紡いでいくのでしょう。物語を見届けたあとにそれを味わえるというのは、読者として幸福です。作り手とキャラクターが相思相愛であることが伝わってくる、愛情にあふれた作品です。
推薦者オカワダアキナ
推薦ポイント人物・キャラが好き

ツンデレ好きにはたまらないシリアスBL
とにかくキャラクターが魅力的!!
会話のテンポもよくて、生き生きしてる。
最初はツンツンしてた周が
どんどん忍にハマっていくのがめっちゃツボでした。
推薦者第0回試し読み会感想
推薦ポイント人物・キャラが好き

肉体を描くことで精神を表現する、深い愛情の物語
 他人に興味がない、と言いつつ他人をものすごく気にする男の子が主人公のBL。
 他人には理解してもらえない、と絶望しつつ孤独は選ばないので(割とよく大人数で集まってワイワイする場面がある)よりいっそう孤独感を味わうことになる。

 自分をよりどころにして生きるのを「地べたを歩く」感覚とすれば、彼の毎日はまるで足のつかない水中をずっと泳いでいるような苦しさだ。
 この子はちゃんとどこかにたどり着けるのだろうかと心配しながら読み進めると、地べたを見つけないうちに恋に落ちてしまう。

 心身ともに深く愛し合っているのに、自信がないからそこに確かにある愛を素直に受け止められない。
 共にいる喜びより失う恐怖がまさってしまう。
 当然相手にも不安は感染し、二人を隔てている何かを埋めようと、ひたすらに愛の言葉と行為を重ねてゆく。

 一応ハッピーエンドにはなっているけれど、彼らがしっかりと地べたに立てたのかは分からない。
 ただ、二人の日々がこのまま続けば、いつの間にか地に足がつき、息苦しさや怖さも消えるのかもしれない。

 ……あんまり推薦文になってないな。困ったな。何度も読み返すくらい好きなんだけど。
 最初の一回は主人公の不安に引っ張られるように一気読みした。
 物語全体に満ちる不安感と、それがあるがゆえの性的高揚感。
 恋にとっても読書にとっても、不安は大事な要素なのだと学んだ。

 相手や今ある幸福を信じられない辛さ。
 信じたい、信じてもらいたいと願い、ゆっくりと信じ合えるようになってゆく時の、あたたかい感触。

 一人では生きていけない二人が、恋に溺れてゆく甘やかさを、存分に楽しんで欲しい。
推薦者柳屋文芸堂
推薦ポイント表現・描写が好き