「リト殿は、もうすぐいらっしゃるでしょう」 戸惑いが苛立ちに変わる直前に、再びのダリオの声が聞こえてくる。 「馬車の用意はできておりますから、先に乗りますか、エリカお嬢様」 「ええ」 ダリオが浮かべている、僅かな微笑みに、頷く。とにかく、自分の地位に応じた使命を果たすだけ。それだけだ。エリカは一人頷くと、馬車の後部に設えられた入り口に足を掛けた。 と。 「遅くなって済まない」 涼やかな声に、足が止まる。振り向くと、昨日と同じ美人が、エリカのすぐ後ろに立っていた。いや、昨日と全く同じではない。平原の厳しい生活ですっかり汚れてしまったマントを羽織っていた昨日とは打って変わり、今日は、おそらくエリカの母が用意したのであろう、黒銀騎士団の色であるすっきりとした灰色の上着を身に付けている。そして、リトが肩に留めた飾りマントに、エリカは「あ」と言い掛けた口を何とか閉じた。少し斜めになっている縫い跡は、見間違いようがない。母に言われて、エリカが渋々、縫ったもの。そんな下手な出来のものを、こんな美人に身に付けさせるなんて。頬が熱くなるのを感じながら、エリカは、自分と背格好が変わらないリトの前に立ち尽くした。 「さ、行きましょう」 そのエリカの前に、先に馬車に乗ったリトの小さな手が差し出される。エリカは何とか、その手を掴んで馬車の座席に腰掛けた。その隣に、リトも座る。だが。全く自然な動作で、リトはエリカから身を離し、馬車の背凭れの方へ身を預けた。 「え?」 リトの動作に、正直戸惑う。 しかしその戸惑いが顔に出る前に、馬車に乗り込んだダリオがリトの向かいの席に座り、馬車は滑るように走り出した。
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