一 祈りの間のねごと
ライターと傘に金はかけない、使い捨てでかまわない。というのはあの子の信条でありルール、要するに、あの子の生き方みたいなものがそこにあるんだと思っている。んです。
眠れずに天井を見上げたり目をつぶってみたりを繰り返していると、自分の身体が寝室いっぱいに膨らんでいるような気がした。のを感じた次の瞬間、今度は自分がぎゅうっと小さくなって、天井も壁もはるか遠くにある気がした。部屋と身体のサイズ感がつかめず、不思議の国のアリスのことを思い出してみるけどここは日本で現実で、わたしは「わたしを飲んで!」というくすりを飲んではいません。 こういう身体の違和感みたいなものがいつも眠りを妨げ、一度気になってしまうとずっとつきまとう。お腹もちょっと痛い。隣のキリエはすやすや寝ていて、わたしのぶんまで眠ってくれているみたいだと思った。ら、キリエがねごとを言った。 「沼がぬかるんでるよ」 寝ぼけているというより、夢の中から言葉だけがうつつにこぼれてきてしまった、そういうねごとだった。キリエは毎晩ねごとを言う。いびきはかかないし寝息も静かだけど、寝ながら何か言う。こっそり頬をなぜてみたが、まるで起きる気配はなかった。 「沼がね、ぬかるんでるんだよ」 キリエは繰り返した。すべての明かりを消した寝室は暗いけど、開けた窓に切り取られた夜空はぼうっと白く光り(曇っているからでしょうね)、ずっと起きているわたしの目が暗闇に慣れたのもあってキリエの寝顔ははっきり見えた。まぶたの裏で眼球がころころ動いているのすら見えた。夢をみている。 ばらばらと枕に広がる髪、ほそい毛先が窓から入り込んだ弱い風にほんの少し、揺れた。まっすぐで短いそれにはもちろん枝毛なんかない、キリエの細胞分裂は完璧に行なわれている。 うまく眠れずにいるのは生理前だからかもしれないなと思った。腹の奥がうごめき重たい。十一歳の初潮以来、出血の予感としての腹痛は毎月やってくる。律儀に、暴力的に。いや、痛みというほどではない、うずいてそわそわさせるだけだ。でもそれは暴力だ。もろもろおさまりますようにと個人的なお祈りを心中でとなえてみる。ところでキリエはとても生理が軽い。らしい。 「……そうだね。白鳥がたくさんいるよ」 わたしはキリエのねごとにそう返してみた。ごろんと向かい合って、かたちの良い鼻に向かって言った。
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