思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを ――小野小町・古今和歌集
あの人のことを思いながら眠りについたから、夢に出てきたのだろうか。夢だと知っていたならば、目を覚ますことはなかったのに。
開架中学生徒会一年、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば恋の夢を和歌に詠んだ小野小町に肩を並べるほどの人にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、「夢見る少女でい続けたい」という快眠短歌コンテストで十代部門の最優秀賞に輝き、副賞の高級ベッドが自宅に届いたほどの上級者だったらしい。どんな歌を詠んだのか聞いても顔を真っ赤にするだけで絶対に教えてもらえない一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの詠み人知らずで、数学が得意な理屈屋で、心地よい眠りのために、スマートフォンやパソコンから発する、目を覚まさせる働きのあるブルーライトをカットする眼鏡に新調したばかりだった。 十月になって、秋の気配が深まりつつあった。生徒会室のパソコンでひとり文化祭の予算使用状況のまとめ作業をしていると、ふみちゃんが生徒会室に入ってきた。 「あっ、数井センパイ、今日も細かそうな作業をしてますね」 ノートパソコンを開いてるだけで細かそうだなんて雑な言い方だけど、実際間違っていなかった。 ふみちゃんは中学生と思えないほど背が小さくて、黒髪を両サイドに分けて白いリボンで二つ結いにしている。前髪をきれいに切り揃えていて、和服を着せてお茶を置いたお盆を持たせてゼンマイを巻くと、ニコニコと廊下を進みそうな感じだ。 「ふみちゃん、あれ、図書館に行くんじゃなかったの?」 僕は作業の手を一旦止めた。本好きなふみちゃんは毎日のように学校や公営の図書館で本を読み漁っている。開架中学には旧校舎と新校舎の両方に図書室があり、旧校舎は古い本や歴史書が多く、新校舎は新しい本が多くて面白いと言ってたことがあるが、僕は違いがよくわからない。 図書館に行ったふみちゃんは少し残念そうに口をとがらせた。 「借りたい本が貸し出し中でなかったんです。それで……つまらなくてここに来ました」 他の本を読めばいいのに、と僕は思うが、そういうことでもないのだろうか。 「へぇ、どんな本?」 「フロイトとユングの夢分析に関する本です」
※続きは本でお楽しみください。
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