僕は信号待ちの時にはいつも逆立ちをする。 理由なんかない。ただ、そうしたいから、そうする。 僕は、どうやらそんな人間のようだった。
「はあ」 疲れたような溜息が聞こえる。 それを聞くと、朝を感じるのは、もうその溜息を聞き慣れたからだろう。 だから僕は、その次に聞こえる言葉も知っていた。 「なんで死なないんだろ」 「そうだね……」 そう言って適当に返す自分は、交差点で逆立ちのまま。 ちなみに、彼女はさっき唐突に交差点に飛び込んで、車に撥ねられて右腕を折って戻ってきたばかりだった。 相変わらず変な子だった。
(自称奇人と他称狂人)
* * *
――そして世界は今日もひっくり返る。
ビルの屋上で、少年は目覚めた。 赤黒い色彩を浮かべたワイシャツを着た姿で、仰向けのまま身じろぎ一つせず、彼は瞼を開く。 虚ろなその眼に映るのは、平坦な空を悠々と泳ぐ、クジラの姿。 「おはよう。ニニルナ」 透き通るような小さな声で、彼はクジラに向かって囁く。 その言葉は独り言のように宙に吸い込まれて消えていった 彼はそのまま宙を見上げていたが、 「ん……っと」 凝り固まり、痛む身体を気にした様子もなく、少年は静かに身体を持ち上げ、そして裸足でコンクリートの上に立つ。 「今日も世はなべて事もなし……」 空を見上げて彼はつぶやく。 見上げる先は空。青と赤と黄に彩られた空を、緑色のクジラが泳ぎ、ガラクタは宙を舞い、相変わらず世界は無邪気な暴力に溢れている。 「だったら良かったんだけど」 視線を下げ、フェンスのない屋上の縁に立ち見下ろす世界は、せわしげにデタラメな生成崩壊を繰り返すばかり。 そこで人は生き、死んでいく。 それらを俯瞰し、彼は、ふぁ、と小さくあくびをする。 「今日も二度寝かね」 つまらなそうにそう言って、 「おやすみ」 フェンスのない屋上から、吸い込まれるように地面に向かって落ちていった。
(フラグメント)
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