尼崎文学だらけ
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タイトル Beautiful Days 〜碧の日々〜
著者 まるた曜子
価格 200円
カテゴリ 恋愛
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紹介文
わたしたちはゼロ距離で許しあうけれど
重力と向心力と孤高を併せれば
最適解はいつも遠距離。
あなたと一緒にいたいから、わたしはひとりで翔ける――


【羽化待ちの君】続編
あいかわらずパーソナルスペース極広の橙と、彼女を取り巻く人々のあたたかで
穏やかな交流を綴る日々。要と橙を繋ぐ徴。静謐な巣。
物理と心理的距離の最適解を模索しつつふれあう中で、
彼女は目指した『大人』になれたのか。


近親物

 橙(ともる)はオフホワイトの薄手のモヘアニットに黒いレースを重ねたフレア
スカートで鏡を覗き込んだ。パール調のロングネックレスを二重に巻き、その上
に淡い藤色のジャケットを羽織る。
 今日は新規の顔合わせなので、比較的事務職感漂う服装を心がける。顧客とし
てはすでに3年目になる漫画家の山形の後輩とのことで、業務内容が伝わってい
る上でのプレゼンになるので安心感がある。橙は口コミ以外での営業をしていな
い。小野寺元教授と竹内教授の準秘書業務があるので、こちらの仕事を広げすぎ
るわけにもいかないのだ。
 高校生の時分から要の手伝いをしていたため、小野寺絡みで昆虫関係の研究室
とずいぶん繋がりができた。外注スタッフ扱いで契約し、機材の手配や論文の英、
和訳、その他の細かい仕事を請ける。特に英訳は、研究生・教授レベルなら当然
本人達が精通しているが、ジャンルを絞って外注するのはなかなか難しい。専門
用語やラテン語表記が入ると翻訳ソフトは役立たずなため、慣れた人間がいれば
そこへ頼みたくなるのは必然だろう。
 おかげで純・文系なのに薬学系や行動科学用語に強くなった。人生はわからな
い。
 とはいえ、小野寺はとうに大学からは引退し趣味の世界にいるし、竹内には話
で聞いた小野寺の現役時代のような潤沢な予算は存在しない。橙は日本が裕福だ
った時代を知らない。四六時中ついて回る本来の秘書業務に専任できるほどの支
払いはお互い見込めない。それにそもそも、要第一で動く橙に、他者の専従職は
無理だった。そして要の専従業だけでは共倒れの収入ベースである。求められる
能力を追及していった結果、今では要とはまったく別の仕事をしている。
(だからこそ逆に、私みたいな隙間産業仕事屋が生き残れてるんだけど)
 今日は締結に至れば4人目の漫画家だ。デビュー2作目が当たり、そこそこの
収入が急に入るようになり、しかし明日の保証はどこにもない、戦える時間はす
べて作品につぎこみたい。そんな状況の補助だ。こんな仕事の回し方でもう5年
以上続いている。人の縁はありがたいものだ。