もう自信しかない。 男は薄紙にアルファベットの小文字ばかり書いて期待に鼻を鳴らず。 趣向を凝らしたその出会いに彼女は胸躍るに違いない。時代も時代、古くさくはあるが、ちょっとした二人の秘密みたいなものに女は惹かれるはずである。と、確信している。 そこへ「但しイケメンに限る」という文言を男は失念している。頭の中は既にベッドの上、ピストン運動に想いを馳せていた。 ぴしゃりと来た衝動に全てを奪われる事に運命を感じていた。 彼女を手中に収める事すら運命である。 「ああ嘆かわしい」 何がどうして嘆かわしいのか本人も分からない。 自分に酔いしれているとはこの事だろう。 少なくとも堀江登はそういう男であった。そこから逃れようともしないのである。当然とばかり胸を張っていた。 見ただけの中身を知りもしない女に全てを委ねているのである。 これを運命と言ってしまうのは下手な恋愛小説でない限り、余程の間抜けだ。顔も不抜けている。 今、彼に間抜けといえば 「女に現を抜かせるという幸せを何故否定するのか」 と舞台俳優のように両手を広げて声をでかくするに違いない。 しかし、現実というものは妄想ほどよく出来ておらず、堀江はしどろもどろに 「あ、あのう。これ……」 と紙を手渡すしかなかった。 先ほどの自信は山崩れ。 崩れた瓦礫は自分の心にどっと押し寄せてくる。 「あのう……これは?」 女が少し困ったような顔で紙を掲げた。そりゃそうだろう。下手したら落とし物か何かと思われるかもしれない。何せここは応接室だ。彼女は営業にやってきた。何を売りに来たかもう忘れてしまったが、この紙切れについて説明無しでどうにかなるものか。 「あ、ボクのラインのIDです」 これはすっきり言えた。上出来だ。 女は思う。だからどうしろと。 「はあ……」 長い髪の毛を書き上げながら生返事をした。
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