尼崎文学だらけ
ブース 企画本部
白昼社セレクト
タイトル グランジナースの死
著者 ひのはらみめい
価格 400円
カテゴリ 純文学
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紹介文
看護師が書いた本はたくさんあれど、こんなに異常な本はあっただろうか。
医療とシュルレアリスムの邂逅。

「 抱えきれない重いにんげんが意識をなくしたら次になくすのは尊厳だ。大金持ちでもルンペンでも、ここではみんな赤ん坊になりやさしい言葉を投げかけられる。馬鹿にしているとしかいいようのない、ヌガ―みたいに甘ったるい年配の声。白装束に黄色い割烹着を着て、それなら白になんの意味があるの?と問うても年配はなにも答えない。ただただ、ヌガーは女の食べ物だと年配の彼女はいう。

 それほど言葉を話さなければあの女はにこぺたにそっくりだ。にこぺたにこぺた、包丁を持って歩く。髪の毛は魔女のよう、だがすごい早さであの女は歩くのだ。あの女が患者の振りをしているのを知っているのは私だけ。
 何もカルテに書かれていることだけが本当のことではない。彼女は本当はすごい速さで歩けるし、トイレにだって一人で行ける。幻肢痛がどうとか言ってるがあの女にはきちんと足が二本そろってるじゃないか。家族が誰も面会に来ないとか言ってるが、毎日夜になると来るじゃないか、大きな音とどこから拾ってきたかわからない落葉の数々を落としていきながら、聴診器をあてなくても聞こえる肺雑音を苦しそうに鳴らしながら、リハビリパンツを買ってきてるじゃないか。
 ソーシャルワーカーもプライマリーナースも、どうしてカルテしか見ていないんだろう。そこに書いていないことがたんとあるのに。眼で見ればたんとあるのに。
 愛してくれる人だってそばにいるのに。カルテにはどうしてそれらが描かれないのだろう。あの女はとても賢くて、昔たくさんの人が死んだあの事件でもみんなを主導して解決へ導いたじゃないか。カルテにはそんなことは書かれない。ハイエナたちのステーションでの悪口さえも書かれない。カルテは法律で決められた公文書だからだ。
 そしてカルテは忘れられた人々のものだ。 」
(「カルテ」より)


生きるための活動から湧きあがった言葉
2015年の夏、最初にこの本と知り合った時、看護師として働く日々や、自身の経験の中から、自然に浮かんでくる言葉の率直さに、大きなショックと、強い力が湧きあがった。それはまた、2007年、高校生だった頃に「グランジ」という言葉を知るきっかけになった音楽、フィーダーの『ポリシーン』というアルバムから受けた感動にも、よく似ていた。

短編に収められた「ガーゼ」「新生児」を、そにっくなーす自身の朗読で聴くと、どうしようもない悲しみや、人の本質的なところを、ザクザクと切り崩して表す言葉の重さと、しなやかで慈悲深く、優しい心の両方を持ち合わせていることに、大きな感銘を受ける。それは、彼女が生きるための活動の中から、自然な形で生まれてきた。

現役の看護師として働き、昼の勤務、夜から朝の勤務に精魂を傾けながら、「そにっくなーす」の名で本を書き、歌詞を書いて歌うシンガーソングライター。その両方が、日々を生きるために大切なものなのだ。『グランジナースの死』にも、その活動から湧きあがった言葉が収められている。
推薦者yoshiharu takui
推薦ポイント物語・構成が好き

もっと狂気くれよ
 シュールレアリズムに憧れているだけの創作の有象無象は、もう要らない。この本がシュールレアリズムである。だから先ず、シュールな創作が好きなひとには絶対にお薦めしたい。ただ、私はシュール、イコール、かっこいい! と思っているわけではないので、もう少し語ろう。
 グランジとは何か、ソニックユースとは何か、ご存知でない方は調べて欲しい(情けないながら私もWikipediaで今一度確認した)。それからこのタイトルを再度あじわおう。
「グランジナースの死」著者ひのはらみめいの別の筆名は《そにっくなーす》である。
 私はこの本への愛をp.11までで確信する。と云っても本文はp.5から始まるので、私の心を摑むのはたった6頁のあいだだ。
 6頁めから始まる、主人公へのグランジへの愛、看護師としての日常と心情の吐露、美への憧れ、読書は好きだけれど本当は読書愛には自信が無いと思っている主人公、と云いながらも、それでもバタイユは本当に好きで《お気に入りのカフェで何度も吐きながら読んだ》と、疲弊した主人公は語る。バタイユが好きなくせにバタイユに嘔吐してしまう女の子だなんて、繊細でかわいい。それでもグランジ。そんなことを確信してしまうのが、このたった、6頁のあいだ。私はもう、退廃と美を愛し、真摯な看護師だが仕事に疲弊しているグランジナースを愛さずにはいられない。次章から始まるシュールレアリズム挿話たちと、バタイユになり切れない繊細な女の子のくせに「もっと狂気くれよ」と書き殴るような切実さは芸術だ。この本は狂気を描いているのではない。そんな本は巷に有象無象あり多くあり大抵はつまらない。この本は、狂気を欲しがっている。
 そしてこの本は、表紙や本文のフォントや文の間隔(間隔への感覚!)文庫本としての感じがとても好感触。デザインに綺麗に心を配られているのは、内容が綺麗に創られている証拠である。本能的に秀でた文体は、私を捉えて離さない。
推薦者泉由良
推薦ポイントとにかく好き