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タイトル わだつみの姫 奥州藤原氏〜安倍宗任の娘〜
著者 ひなたまり
価格 800円
カテゴリ 大衆小説
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紹介文
時は平安時代後期。前九年合戦で敗れ、筑前大島に流された安倍宗任。宗任の娘・那津(なつ)は、大島で生まれのびのびと育っていた。13歳の夏、那津は従兄の藤原清衡に呼ばれ、陸奥国平泉へと旅立つ。後に奥州藤原氏第二代当主・藤原基衡の妻となる、那津(宗任女)の生涯を描いた長編小説。文庫・276ページ・フルカラーカバー付。

「ふぅ……」
 水無月(みなづき)になり、数日が経った。照りつける日差しはじりじりと強く、肌が焼けるように痛い。ついこの間までは、島に吹き渡る風は涼やかだったというのに。
 那津(なつ)は、首筋に滲む汗を袖口で拭って息を吐いた。一息入れようと、山道の岩に腰を下ろす。
 山道の傍に繁るネムノキの花が愛らしく、那津は顔をほころばせた。菜入りの握り飯をかじり、竹筒に入れた水を飲むと、疲れた体に再び気合いが湧いてくる。
 今日は朝から澄みきった空が広がり、雲ひとつない。こんな日は、大島の中央にそびえる御嶽山(みたけさん)の頂から沖ノ島(おきのしま)を遥拝することが出来るのだ。
 那津(なつ)は大島で暮らす、十三歳の少女だ。大島は筑紫(つくし)の国・宗像(むなかた)の湊(みなと)から十里ほど離れた沖に浮かぶ小さな島である。
 細い山道を登り山の頂上にたどり着くと、那津は白い歯を見せて笑った。
「うわぁ……。やっぱりここからの眺めは最高だわ」
 那津は歓声をあげた。小指の爪先ほどの大きさだが、沖ノ島が見えたのだ。
 沖ノ島は、大島よりさらに北に百里ほどの距離にある島で、宗像三女神の長女・田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られる神域である。古代より神の島と崇められ、二百年ほど前までは沖ノ島で盛んに祭祀が行われ、金の指輪や銅鏡、勾玉に機織り機などを奉納していたらしい。
 那津が暮らす大島に鎮座する中津宮(なかつみや)には次女・湍津姫神(たぎつひめのかみ)、本土宗像辺津宮(へつみや)には三女・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られている。
 西の沖合には、博多津へ向かうであろう大船が見える。大陸へ渡る朝廷の遣いが絶って二百年以上が経とうとしているが、私的な交易は今なお盛んで、博多津は宋との交易で栄える大都市なのだ。
 博多津から都へ交易の品々を運ぶ船が、大島に立ち寄る。大島の湊にはこの国の船だけではなく、赤い異国の船もたくさん繋留されており、人夫たちの唐(から)ことばがにぎやかに響く。宋の銭や絹織物、絵画や書籍、硯など、異国の品々を前に取引をする男たちの声が楽しげだ。
 湊には干された魚や貝の濃い潮の香りが漂い、炊(かし)き屋(や)で人夫や水夫(かこ)たちに振る舞われる粥はねっとりと重たげで美味そうだ。女たちはキビキビと働き、湊は活気に満ちていた。


奥州藤原氏の二代目・基衡とその妻・那津、基衡の乳兄弟・佐藤季春、三人の十代から晩年までの物語。
読んでいて特に印象的だったのは二点です。
那津の章、冒頭の「遥かなる故郷」での筑紫の大島の描写、十三歳の少女のまだ見ぬ父の故郷へのおそれと憧れに引き込まれました。
基衡の章「北を継ぐ者」で語られる、中尊寺金色堂を建立した父・清衡のこと。また「あらたまの命」で、それぞれの寺院建立について語る基衡・那津の場面。血縁同士の内乱を経て君臨した奥州藤原氏の人々が、なぜ莫大な財産を注ぎ込んでまで寺院を建てたのか思いの一端を見たように思います。
安倍宗任というと「奥州安達ヶ原」で人形浄瑠璃や歌舞伎に取り上げられる有名な人物ですが、その宗任の娘の物語もまた波瀾万丈で一気に読みました。
推薦者庭鳥
推薦ポイント表現・描写が好き