尼崎文学だらけ
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委託販売
タイトル Candlize
著者 凪野 基
価格 500円
カテゴリ そのほか
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紹介文
――ミネラルとアミノ酸をシェイクした水。それはあたしたちに、ひどく近い。
 あたしたちは、海から生まれた、ちいさな海だ。

宇宙時代。地球を文字通りの「水の星」に変えてしまった大災害の後、人類は月や火星、小惑星帯で暮らしている。
本書は月都市で生まれ育った蛍の視点から、未来に生きる人々の日常を描いた(あまぶん唯一となるかもしれない)SFです。サイエンス・フィクションを名乗れるほどではないので、サイエンス・ファンタジーくらいに思って頂けるとちょうどよいかと思われます。

幼馴染みにして相棒のユーリ、同期のロジーとヤン。宇宙での仕事や、地球を知らない世代が見上げる地球。ヒトとマシン。あなたとわたし。
蛍にとって身近なテーマを連作形式で綴りました。

近未来、それは現代から着々と歩みを進めたどこか。

 折しも宇宙開発が乗りに乗ってる時期だった。地球だけじゃなく、月や火星、フォボスにダイモスにケレス、木星軌道にまで宇宙港や居住区、農業・工業プラントが次々と建造されていて、太陽系内の航宙図なんてのも作られていた宇宙バブルの時代。エネルギー資源やレアメタルを求めて、宇宙まで荒らし始めた黎明期。
 悲観的なことはいくらでも言えるけれど、人類が宇宙で比較的自由に暮らせるようになっていてよかった、というのがあたしの本音だ。そうでなくちゃ、今頃あたしたちは住む土地をめぐって、お互いめちゃくちゃに殺しあっていただろうし、あたしも生まれていなかったに違いない。まあ、そんな問題がなくとも、地球ではめちゃくちゃに殺しあったりしてたって話だけど。
 それでも、人類の多くは大災害の前に、虫が追い立てられるみたいに宇宙に出ていたから、そのまま何事もなかったかのように月や火星の居住区で暮らしているんだけれど。
(第一話「正しい夏のつくりかた」より)


 何てことはない、ただ一歩、踏み出すだけでいい。
 ユーリが何を考えてるのかなんて怯えなくても、あたしがユーリをどう思っているか知っていれば、それだけでいい。
 直結事故が何だ。あたしたちはケーブルを繋ぐよりもずっと、近いところにいるのだ。オーディン・システムなんてただの道具、あたしがそれに振り回されるなんて、何たる屈辱。
 あたしはあたし、ユーリはユーリ。
 その差異を、大切に思ってきたのだ。
(第三話「幸福論/自由律」より)


 人工神経網を移植することで限りなくマシンに近づいたヒトが、マシンを自らの肉体であるかのように操縦する。技術も経験も不要、ただ必要なソフトウェアをインストールするだけで、ハイスクールを出たばかりの少年少女が宇宙船を飛ばし、重機を振り回して宇宙都市を整備する。坑道都市の拡張に携わる。管制官としてハブ宇宙港の交通整理を任される。そんな時代になったのは、あたしが生まれるずいぶん前のことだ。
 移植者はヒトなのかマシンなのか、なんて議論も何度も繰り返され、語りつくされてしまった。生物学的、宗教的、工学的、あらゆる分野における移植者論が論壇を賑わしたのもとうの昔、今ではこの通り、数ある進路選択のひとつにすぎない。
(最終話「すてきな世界」より)


ライトSFお仕事物。宇宙の常識で育った人間が地球を外から眺めるお話。
軽いタッチで描かれる近未来。重力は見えなくても、作用する。

なんだけど。
なにこれラヴィ。雑破で奥手な女の子が幼なじみにゆっくり押し倒されてく話でした。
推薦者まるた曜子
推薦ポイント世界観・設定が好き

宇宙をのぞむあなたに贈る物語
当たり前に宇宙で暮らし、泣いて笑って恋をする、『月の日常』がここにあります。

この物語は、宇宙SFであり、ひとりの女の子の物語です。
全地球が海に沈み、人々が月や火星などの宇宙空間に生活の本拠を移した時代。
月面都市ネクタリス・シティを舞台に、そこで暮らす女の子、蛍の日常と葛藤を描いています。

カノープス・スペーステクニカ社の船内・船外作業員として働く蛍の悩みは、幼なじみであり、仕事の相棒でもある男の子ユーリのことだったり、あるいは自分の過去から続く個人的なものだったり。
語られるのは、だれもが心の隅のどこかに抱いたかもしれない葛藤であり、描かれるのは、仲間とそれなりに楽しく毎日を過ごし、あるときにまた不意に壁にぶつかる。そんな普通の女の子の日々です。
けれども、この作品を印象的なものとしているのは、それらの日常が宇宙、月面という過酷な環境でテクノロジーとともに生きる風景の中に描かれているからにほかなりません。
当たり前に宇宙で生まれ育った蛍の目を通して見える世界は、夢のテクノロジーの数々が実用化された風景であり、死と隣り合わせの過酷な環境でもあり。けれどもそれら全てをひっくるめて『日常』である、としてあるがままの人間が普通に暮らす場所として描かれています。
一歩外に出れば死の宇宙であるネクタリス・シティ。けれども蛍たちにとっては、素敵なショッピングモールがあり、地球が見える小洒落た美味しいレストランがあり、会社があって、仲間とともに暮らす街なのです。
そんな、折にふれて本編の端々で描かれる『宇宙にいながら地に足の着いた』未来感と生活感の同居する情景には、ただただ惹き込まれるばかり。この点だけでも宇宙好きの方は手に取る価値があると思います。

楽しいばかりではない。悪いことばかりでもない。なにもかもごちゃまぜになって、けれどそれゆえにすてきな世界。
自分たちのいる地球と何もかもが違う月の上での物語だけれども、そこに人間が生きるのならば根っこは決して大きくは変わらないんだろうな、と。
そんなことに思いを馳せながら、ありえるかもしれない宇宙での暮らしを追体験できる。自分にとってこの本はそんな一冊です。

余談ですが、作者である凪野さんの短編集『ヴェイパートレイル』収録の『ピートの葬送』は、本作と世界観を同じくしています。是非あわせて読んでみてください。
推薦者夕凪悠弥
推薦ポイント世界観・設定が好き