尼崎文学だらけ
ブース 掌編1
ふじ文庫
タイトル 混声合唱曲のモチーフによる 少女礼賛
著者 珠宮フジ子
価格 200円
カテゴリ 掌編
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紹介文
ひとつの詩がひとつの曲を想起させ、そうして生まれた音楽が物語を生み出す……四つの「混声合唱曲」をモチーフとして「少女」を描いた短篇集。
72p・200円
【収録内容】

木馬
Tempestoso
ヒスイ

 彼女をこの世から消し去ってしまうための儀式はひっそりと執り行われ、本来なら僕が参加できるはずもなかったのだが、同級生の口添えがあったのか、なんなのか、今でも理由ははっきりとは分からないものの、僕はその場に居た。黒い額縁の内側の彼女はひとりで居るときと同じ、白い肌と怜悧なまなざしをして、その場に居るひとびとを遍く見下ろしていた。僕が最後に見た本当の彼女の赤さの欠片も見あたらなかった。炎の中から帰ってきた彼女も同じだった、見当たるのはからからに乾いた白色ばかりで、その白色さえもうつくしくはあったのだけれども、彼女のまなざしはどこにも感じ取れなかった。
 長い箸でひとつずつ彼女だった白い欠片を摘んでいく大人たちや同級生や招かれた数少ない制服に身を包んだ子供らは、一様に押し黙っていた。みんな、自分の手元しか見えていないようだった。だから、きっとばれないのではないかと僕は考えたのだ。長い箸で摘んだ彼女だったものの白い欠片を、こっそり、床の上に落とした。それを帰り際に拾い上げて、制服のポケットに入れた。言葉少なな同級生と別れたのは駅前だったと思う。そこから家までの道を僕はひとりで歩くことになって、ポケットに手を入れて、乾いた白い欠片をそっと取り出した。彼女の肌のきめ細かな白色にはほど遠いくすんだ白色だった。橙色に燃える空を後ろにしてその欠片を眺めながら、とぼとぼとひとりで歩いていると、何だか無性に寂しくなってしまって、僕はその欠片を口に入れた。手に摘んでいるときには、軽いけれどもかたい輪郭を保ってそこにあるように思われたのに、僕の唾液を含んだ途端、欠片はやわらかくなって、僕の歯で簡単に砕けて、舌の上でざらつく粉になった。僕が噛む度に少しずつ確実に細かく砕けていく白い欠片がもう砕ける部分もなくなったところで、僕は、唾液と混ざった白い欠片だった粉をひと思いに飲み込んだ。飲み込んだ後、喉の奥からせりあがってくるような苦みが口の中にひりついた。けれども、他の部分はひどく清々しく、楽になったように感じた。知らず、緩慢になっていた歩調を早めて家へ帰り着いて、自分の部屋がある二階への階段を登る足取りも軽かった。
 部屋の扉を開けて電気をつけたら、彼女がそこにいた。うつくしいままの姿で、彼女がそこに座って僕をじっと見上げていた。
(「Tempestoso」より)


合唱曲モチーフの小品集
静かでほのぐらい文体が美しい
短編集です。
決して明るくはありませんが
深く入り込んでしまう作品でした。
推薦者第0回試し読み会感想
推薦ポイント文章・文体が好き