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タイトル 口笛、東風となりて君を寿ぐ
著者 紺堂カヤ
価格 1800円
カテゴリ ファンタジー
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紹介文
──喜びを望め。我は、それを与えることを望んでいるのだ──

若くして崙国の四分の一を治める郡主・慶。彼を両側から支えるのは、類稀なる頭脳を持った宰執補佐の女性・葉と、槍の名手にして美貌の元帥補佐・信影。彼らは国の思惑や自分たちの過去に翻弄されながら、大切な人たちが笑い合える未来の為、剣を取り、筆を取って戦う……。
二年半かけて完結した、大河ファンタジー。カラー口絵・作品の舞台となっている大陸地図もついています。

冷たい空に、半分だけ満ちた月が冴え冴え輝いていた。それを映す水面は静かで、時折瞬くように揺らめいた。
完璧な、静寂。
それを、一対の足が切り裂いた。細く、頼りない足が、少しの迷いもなく水の中を進んでゆく。膝が隠れ、腰に届きそうな黒髪が濡れても一向に歩みを止めない。
小さな背中に似合わぬ鬼気迫る様子に、焦る。引き止めなければ。
そう思って言葉より先に体が動く。伸ばした手に一瞬遅れて出た声が、彼女の名前を呼んだ。
「葉!」



 叫んだのと同時に、慶は目を覚ました。慶(ケイ)の寝起きは極めて良い。目覚めた瞬間から馬を駆ることが出来るほどだ。ただし、九年前のことを夢に見たときは、例外であった。
「……葉」
 夢の中で叫んだ名前を、小さく口にした。何の感情も含まれない呟きであることが少し不思議だった。ぼんやり眺める天井の明るさで、日が充分に昇っていることを知る。
 何かが、始まる。
 そんな予感がした。妙に落ち着かない気分になる。
 春だから、というわけではなかろう。
(始める、んじゃなくて、始まる、なんだよないつも)
 昔はこんなこと考えなかった。考えるより先に体が動いた。まぁ根本は今もあまり変わっていないけれど。予感の正体を突き止める前に、よっ、と身を起こす。すぐ、お目覚めですか、と声がかかった。
「ん、おはよ」
「おはようございます、殿。起こそうかと思ってたところです。そろそろ、玄宰補がいらっしゃるのではないかと思って」
 大きく伸びをする慶に苦笑しながら着替えを差し出すのは、甘子明(カン シメイ)。慶の側用人を務める少年である。歳は十五。
「葉が?……げ。俺もしかして朝議すっぽかしたかな」
「……えっと……、はい……」
「うーわー、マジかー。やっちゃったなー。なんでもっと早く起こしてくれないんだよ子明!」
 すでに着崩れ、体に引っかかっている程度だった夜着を脱ぎ捨てながら慶は子明を睨む。子明はしゅんと眉を下げて、申し訳ありません、と詫びた。
「起床時間くらい自分で管理するのが当然なのだから起こすな、と子明に言ったのは他ならぬ貴方自身じゃないですか」
 凛とした声が、割って入った。葉だ。寝室の入口で、拳を胸に当てる形の敬礼を取ったが、目は責めるような強い光を帯びていた。官服が、その鋭い視線に良く似合う。
(眼力上がってるぞ、葉)


普段小説などを読まない私。友人に薦められ、読んでみると、その手が止まらない!!主要人物だけでなく、脇役の皆さんまでも魅力的で、一気に世界観に惹き込まれます!難しそうな世界観ではありますが、そんなことはなく、むしろ読みやすいです!作者の思いもこもってますし、伝わってきます。私のお気に入りの1冊で、ぜひ皆様にも読んでいただきたい1冊です(*´`*)
推薦者桜うさぎ
推薦ポイントとにかく好き

どの人物にもドラマを感じる、作り込まれた世界。
圧倒的な文章力と、登場人物の魅力にひかれてぐいぐい読むことが出来ました。
とにかく面白い!愛嬌のある登場人物や、彼らの心境、葛藤。この先どうなるかという期待から、ページをめくる手が止められません。
中華風ファンタジーということで難しそうな印象を受けそうですが、各設定が適材適所で書かれているため、混乱することはありませんでした。
主要人物の奥深さもさることながら、脇役扱いになる登場人物ひとりひとりの言動にもドラマを感じ、『ちょい役』によくある『薄っぺらさ』は感じません。読み専の人はもちろん、執筆活動に勤しんでいる方でも納得できる一冊だと思います。

読み終わった後の満足感、そして、書き手特有の「負けてられない!」という執筆意欲が得られる貴重な一冊です。
推薦者氷梨 えりか
推薦ポイントとにかく好き

胸が苦しくなるような思いをもって描かれた登場人物たち
本を読むこと自体はずっと好きなのに、いつしかファンタジーというジャンルからは遠ざかっていた。
そんな私を再びファンタジーの世界へと誘ってくれた一冊。それが、紺堂カヤ著『口笛、東風となりて君を寿ぐ』である。

舞台は架空の国、崙国。崙国の郡部の一つ、志知郡の若き郡主・尊 慶を主人公に、郡と国との対立、国と国との駆け引き、そして人と人との関わりをダイナミックに描いた力作だ。

読みだすとまず驚くのは、設定の緻密さである。国、郡、政府の機関、役職などが破綻なく組まれている。作中の導入部で解りやすく説明されているが、それでいて説明臭くならず、すんなりとストーリーに入れ、筆力を感じる。「設定が甘いのはイヤ」という人も「説明がくどいのはイヤ」という人も安心して読める。

そしてストーリーに入り込んでしまえばあとは「一気読み」必須!
飽きさせない展開、登場人物たちの葛藤や成長、ときに笑えてときに泣けるシーン描写。語りたいポイントはいくつもあるが、特筆すべきは登場人物の魅力だ。
主人公・尊 慶。まっすぐな正義感と、周囲を信じる目を持って民のために全力を尽くす。
慶を支える女性官吏、玄 葉。頭脳明晰、冷静沈着。過去に向き合いながら存在価値を模索し続ける。
慶の親友であり盾である、呂 信影。軍の重役にあり、精神的に強くもあるが、ある種アンバランスな二面性を持つ。
三人の互いを思い合う気持ちが、政治や戦争という大きな波に巻き込まれながらも決して失われず輝いている。
三人のほかにも、脇を固める人たちもとても魅力的!イラストも必見である。
どの登場人物においても、一人一人が実に生き生きと、そして胸が苦しくなるような思いを持って描かれている。
郡主である慶が「みんなを幸せにしたい」と願うその思いが切々と読み手に響いてくるのは、そうやってすべての人に対し作者が手を抜くことなく書ききっているからだろう。

そう。国同士のあれこれが絡むストーリーだが、作者がこの作品で描き出しているのは徹底して「人」だと感じる。誰かを好きになること、自分自身や他人との齟齬に葛藤すること、犯してしまった過ちに対する後悔、どうにもできないことへの悲しみや怒り、そして、大切な人に幸せになってほしいと思うこと、そばにいてほしいと思うこと。それを象徴するラストシーンまで、ぜひ読んでほしい。きっと読み終えたあと、あなたの心に口笛の音が染み入り、優しい東風が吹くだろう。
推薦者伴美砂都
推薦ポイント人物・キャラが好き