青銀の月光は、星の赤色も黄色もも白色にくすませて、夜天はまぶしいばかりに照らされていた。――静謐なひかりは、地面にも静謐な恩恵をたれ、かぎりなく漆黒にちかい濃紺で影絵をえがきだす。その繊細な線を、完成された美の一種として無粋に称賛するだろう人間たちはいまはねむっているだろう――この静寂を乱すものがあるとすれば、それは竜と呼ばれるけものだけだ。 そして、やはりここにも、夜のひかりを透過させるつばさと、夜風にゆれるながくしなやかな尾をさざなみのようにうねらせる影がある。 翡翠色の竜だった。うつろな双眸で夜をみわたして、おおきくひろげたつばさで上空の涼風をとらえてあそんでいる。 月のひかりがみちみちて、どこまでもとおくにまなざしのとどく、いい夜だ。 世界の面積からすればちいさな、四方を山脈にかこわれたくにから飛びくるそのけものは、ふと、くびをかしげた。 はじめ、なにかがくすぶっているようにうつった。月のひかりのもとではそれは、しろくたよりなく、おぼろで――これが昼間であればもっと別の色にみえたのかもしれないけれど。 好奇心のおもむくままに高度を落とし、白くかたまるもやに近づいた。あまいにおいが鼻腔にながれこんでくる。――ためらいであっただろうか、空中でとどまろうと羽ばたいてしまったのは。 胴体のわりに華奢なつばさが起こした風は白色のもやをみだした。月影には、やはり白色がかってしかみえぬ綿のような花と、それよりは濃いいろの幅広の葉をつけたひとつの立ち木があらわになった。 人間たちはそれを大樹という。丘にひとつあるその木を。けれどかれにとっては、頭頂から尾先をまきつければ抱えきれてしまえる程度のものだった。 つばさをひろげていても、重量のあるからだは地面に引き寄せられる。もういちどつばさをはためかせると、花がほころんでいるほそい枝が、ささやかにしなり、樹木をおおうかすみだけでなく、薄緑の花がほろほろと散った。 かれにまぶたがあればまばたきをしただろう。そして情報をいちど遮断したのちもふたたび、かわらぬ光景があることで夢うつつの判別をつけられたはずだ。だが、かなしいことにかれにはまぶたがなく、ねむらぬゆえに夢すらない。うつつである、という認識すら、ありはしなかった。――ゆるくひらいていた顎をとじて、身をひるがえす。 あの白色のかすみを、おぼろな花を、目にしてしまったあとでは、月のひかりはかそけきものだった。そのはるか下方では、風をうしなった風媒花の花粉が白く樹木をつつみはじめている。
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